北尾吉孝日記

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『論語』の「子路第十三の一」に、『子路、政(まつりごと)を問う。子曰く、これに先んじ、これを労す。益(えき)を請(こ)う。曰く、倦(う)むこと無かれ…子路が政治について尋ねた。孔子が答えて言われた。「自ら大衆に率先垂範してこそ、人を勤勉にさせることができる」。子路がさらに教えを請うと、孔子が言われた。「途中で倦きることなく最後までやることだ」』という孔子と子路のやり取りがあります。
孔子は「これに先んじ、これを労す」ということ、即ちリーダーの姿勢として民に先達て行動し民を思いその労を労うのが大事だという至極当然のことを言っており、之は子路という人を見て法を説いたというわけではなく、一般に政治を志す者はそうした姿勢がなければならないということです。
また似たような話として『論語』の「顔淵第十二の七」に、『子貢、政を問う。子曰く、食を足し兵を足し、民(たみ)をしてこれを信ぜしむ。子貢曰く、必ず已(や)むを得ずして去らば、斯(こ)の三者に於いて何れをか先にせん。曰く、兵を去らん。曰く、必ず已むを得ずして去らば、斯の二者に於いて何れをか先にせん。曰く、食を去らん。古(いにしえ)より皆死あり、民は信なくんば立たず…子貢が政治について尋ねた。孔子が言われた。「食糧を豊富にし、軍事を充実させ、人民に信義を持たせることである」。子貢が言った。「もしどうしてもやむをえない事情でこの三つの内一つを省くとしたら、どれを最優先にしますか?」孔子が言われた。「軍事だね」。子貢がさらに言った。「もしどうしてもやむをえない事情で残った二つの内さらに一つを省くとしたら、どれにしますか?」孔子が言われた。「食糧だね。どんな人間でも昔からいつかは死ぬとされているが、人民に信義なくては国家も社会も成り立たないよ」』という孔子と子貢のやり取りがあります。
孔子は「信なくんば立たず」という政治の要諦、即ち国民が政治に不信感を持つということになれば最早その国の政治は成り立たなくなると言っており、これまたある意味極めて常識的な話であって、子貢という弟子に合わせて何か特別な回答をしているわけではありません。
加えて上記した「顔淵第十二」には、『斉(せい)の景公(けいこう)、政を孔子に問う。孔子対(こた)えて曰く、君(きみ)君たり、臣(しん)臣たり、父(ちち)父たり、子(こ)子たり…斉の景公が孔子にどのように国を治めるかについて尋ねられた。孔子が答えて言われた。「君主の行いは君主らしく、臣下の行いは臣下らしく、父親の行いは父親らしく、息子の行いは息子らしくするべきです」』とか、『子張、政を問う。子曰く、これに居(お)りては倦むこと無く、これを行うには忠を以てす…子張が政治のやり方を尋ねた。孔子が言われた。「その地位についたならば、倦むことなく熱意を傾けてやれ。事を行うに当たっては、真心を尽くして忠実であれ」』とか、あるいは『季康子(りこうし)、政を孔子に問う。孔子対えて曰く、政(まつりごと)とは正なり。子(し)帥(ひき)いて正しければ、孰(たれ)か敢(あ)えて正しからざらん…季康子が孔子に政治について尋ねた。「政とは正という意味です。あなたが率先して正しいことをすれば、誰が不正を行いましょう」』といった孔子と景公・子張・季康子とのやり取りもあります。
先々月のブログ『善人はあるがままに』で例示したように、孔子は夫々の弟子に向けて夫々に合うことをカスタマイズして伝えていたことが結構多かったのですが、上記に関してはどちらかと言えば人を見てというよりも、その人の立場や職責あるいは実際その人が政を為しているか否か等に彼は重きを置いて判断し、ごく当たり前の事柄を夫々に答えたのだろうと思います。
そもそも政治というものは畢竟「人を動かし、世を動かすこと」であって、どのような人を自分の周りに置くのかは極めて重要なことでありますが、先ず以て政治で何が一番大事かと言えばやはり『人物を得る』ということになります。
人間がある程度の人物か否かというのは、その風貌から立居振舞そしてまた発言に至るまで全ての所で表れてきますから、その中には能力や手腕といったことも勿論含まれ、ある意味での人間力というようなより大事なものが表れてきます。
更に言うと、重厚感や教養ある意味での胆識といったものを感じさせない指導者は指導者たり得ないであろうと思いますが、例えば中国明代の著名な思想家・呂新吾(りょしんご)の『呻吟語(しんぎんご)』という書物には、指導者に求められる資質について「深沈厚重、是第一等資質」「磊落豪雄、是第二等資質」「聡明才弁、是第三等資質」と順位付けて論じられています。
つまり指導者というのは、「磊落豪雄(らいらくごうゆう:明るく物事に動じない)」「聡明才弁(そうめいさいべん:非常に頭が良く弁が立つ)」だけでは全く不十分で「深沈厚重(しんちんこうじゅう)な人、深く沈着で思慮深く厚み重みがあり安定感を持つ人でなければならないというわけです。
日本では珍しいスケールの大きな政治家であった中曽根康弘氏、あるいは所得倍増論を展開し実質的にそれを成し遂げた池田勇人氏は、指導者として立派であったと言えるでしょう。




 

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