北尾吉孝日記

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御承知の通り、安倍晋三首相は先週木曜日「安全保障政策の転換を求めた有識者会議の報告を受け、複数の安全保障の類型で自衛隊の役割拡大を検討する考えを表明した」わけですが、集団的自衛権の行使などというのは当たり前の話であって、何ゆえ未だ強硬な反対姿勢を貫き当該分野に政治的エネルギーを向かわせる連中がいるのか、私は理解に苦しみます。
之に関しては、上記した「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」の報告書を見ても、「我が国が主権を回復した 1952年4月に発効した日本国との平和条約(サン・フランシスコ平和条約)においても、我が国が個別的又は集団的自衛の固有の権利を有することや集団安全保障措置への参加は認められており、また、我が国が1956年9月に国連に加盟した際も、国際連合憲章に規定される国連の集団安全保障措置や、加盟国に個別的又は集団的自衛の固有の権利を認める規定(第51条)について何ら留保は付さなかった」云々かんぬんといった指摘が、「Ⅱ.あるべき憲法解釈」で為されています。
例えばイラクがクウェートへ侵攻した1990年8月、私は英国ワッサースタイン・ペレラ社で常務取締役としてM&Aを学んでいましたが、先ず以て当該事象が起こる前を考えてみるに、日本の全報道機関および日本政府までもが戦争勃発の可能性について否定的見解を述べていました。
ところが同時期の欧米諸国の論調はそうしたものとは全く違っており、結果としてクウェート侵攻は現実に起こったのでありますが、あの時英国で新聞を読んでびっくりしたのは日本政府が130億ドルもの多大な資金拠出したにも拘らず、クウェート政府の公式感謝表明の中に日本の貢献に対する御礼など一言も述べられていなかったということです。
逆に実際血を流す形で貢献した国に対しては、大変な恩義を感じ御礼をしているというわけで、日本はそれが世界の受け止め方であるという現実を直視し、『日本には「平和憲法」があるから、血を流すのは他所の国』などという勝手な理屈が、世界で通るはずがないことをそろそろ認識すべきだと思います。
言うまでもなく本来どの国の人にとっても、戦争ほど悲惨で戦争ほど関わりたくないと思っているものはないのであって、日本人は自分に都合の良いことばかりを余り考えるべきではありませんし、少なくとも私自身は集団的自衛権の行使を容認しないといった考え方に与するものではありません。
嘗て軍国主義の道に入った日本に対しては、此れ程までに精神性の強い民族にその道を進まれては中々退治できない、という認識が他国間で形成されました。そして戦後、様々な日本弱体化政策を実施してきたマッカーサーが押し付けた現行の「平和憲法」の中で、寧ろ「日本人が日本人の主体性を発揮し得ない状況にしてしまえ」というになったと思われます。
しかしながら、先月米国オバマ大統領来日の際に出された所謂「日米共同声明」でも「米国は,集団的自衛権の行使に関する事項について日本が検討を行っていることを歓迎し,支持する」とありましたし、先週の記者会見で安倍首相が言われていたように、此の点に関してはASEAN10全て及び欧州各国からも理解と支持が得られているのです。
あらゆる事柄において日本人は世界の常識をもっと踏まえる必要性がある、というのが煎じ詰めれば私の主張であり、此の「日本の常識は世界の非常識」という側面の一つが、上記してきた集団的自衛権の行使容認を巡る議論というものです。
そして何と言っても、第二次世界大戦の敗戦の結果として進駐軍にある意味押し付けられた今の憲法、言わば「マッカーサー押し付け憲法」を金科玉条の如く守り抜いていること自体、世界は皆珍しいと認識しているのであって、片や同じ敗戦国のドイツはと言うと独立後に自主憲法を制定しているというわけです。
現行憲法施行から67年目を迎えた今、此の激変する世界環境において制定後50年以上を経ても尚不変であり続けるものなど殆ど無いと思われ、時代錯誤の様相が顕著になってくる中で、「独立自尊」という思想が入ってない此の憲法を守り続けて行くかが今正に問われているのです。
日本は国防と言ったら米国に依存し、依存するが故ずっと媚び諂わねばならないわけで、一国の憲法に此の「独立自尊」の思想が全く無いということは普通ではなく、一国の防衛ということを他国に依存すること自体が異常であります。
「平和憲法」には良いところも勿論あって「9条守れ!」を連呼して抗議デモを行うのもある意味結構なことですが、片一方で万が一中国が尖閣諸島に突如として乗り込んで来るとなった場合、米国が尖閣ひいては日本を守ってくれると本当に言い切ることが出来るのでしょうか。
何ゆえ米国は中国と戦争をしてまで日本のため尖閣のために自国民の血を流すのか、私に言わせれば国の防衛というのはそんな甘いものではなく、米国も何が何でも日本を守り抜こうなどとは思ってはいないはずで、米国が絶対助けてくれると信じる日本人がいるとすれば、最早本当の御人好しと思わざるを得ません。
此の点ジャーナリストの日高義樹氏も、『安倍政権は集団的自衛権構想に熱心だが、米国のどの世論調査をとっても、50%を超す人々が「外国のことはどうでもいい」と考えている。日米安保条約を相互援助協定にしたとしても、米国の人々は日本が中国から攻撃を受けたとき、日本のために戦う気は全くないように見受けられる』と同じような指摘をしています。
例えばスイスなどは所謂「永世中立国」でありながら、対総人口比核シェルター普及率は100%以上、更には兵役に服する義務を課し、あれだけの軍事力を保持しているというわけで、やはり自らの国土と自らの国民は自らの軍隊で守ることが、非常に大事だということです。
先月も日本でオバマ大統領は「中国を念頭に、尖閣諸島(沖縄県石垣市)が日米安全保障条約の適用対象であることを明言した」ものの、此の「尖閣諸島が日本固有の領土である」か否かに関しては口籠るような状況で結局極めて曖昧なままになっています。
もっと言えば、「米上院には、オバマ氏から戦争権限を奪い、議会の常設委員会で米国が戦争をするかを決める法案が提出されて」もいるようですが、仮に日本を巡る問題で議会承認を得られないとなった時、米国べったりの日本に如何なる選択肢が残されていると言えるのでしょうか。
だからこそ私は、その日本人の非常に甘い非常識な考え方に警鐘を鳴らしており、それでは全く駄目だと主張しているのであって、日本という国そしてその文化・伝統・歴史を守って行くのは日本人しかおらず、日本人自身が自らの力で自らの国を守るということを再考し実際に動き出すべき時なのです。




 

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