北尾吉孝日記

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 君との付き合いは、四半世紀に及ぼう。書こうと筆を取ると、走馬灯のように君との思い出の数々が去来し、悲しさにただ落涙するばかりだ。君との邂逅は野村證券の事業法人部(以下事法)だった。当時の事法は国内営業の猛者が集うところだった。そこに海外営業しか経験のなかった僕が初めてのケースとして投入された。君は勝手の違う世界で戸惑う僕に懇切丁寧に一から事法営業を教えてくれた。君との別離は、君の亡くなった四月十六日だった。僕は、その日の朝早く上海に出張する為、羽田に向かっていた。車の中で急に君の事が気に掛かり、電話した。電話に出た君の声はそれまでの七ヶ月間の闘病生活(もっとも君はほとんど毎日朝早くから出勤して通常業務をこなしていたが)で僕が聞いた最も弱々しいものだった。僕流のやり方で君を激励し、虫の知らせにならなければと思いながら電話を切った。その日の午後十一時半過ぎに君の逝去の報がもたらされた。
 享年五七とは余りにも短い。しかし人の真価は生きた長さで判定されるべきものではない。その人生で何を成し得たかであろう。その意味において君は偉業をなした。君は現在のSBI証券の創業来十三年間にわたり社長として、心血を注ぎ、オンライン証券業界の断トツ一位に育てあげた。そして次に親会社のSBIホールディングス副社長として、僕の意を体し指導・指南役として多くのグループ企業の育成に尽力してくれた。また、この直近二年間はグループの次なる飛躍を目指し、ネットとリアルの効率的融合をスモールショップで達成し、日本最大の金融商品のディストリビューターになるという僕の長年のビジョンの具現化に向け、新会社マネープラザを創設し、精力的に取り組んでくれた。創業初年度から黒字にし、次年度には十億円以上の利益貢献を果してくれた。君のリーダーシップの下IPOを目指し全役職員一丸となり頑張ってくれた。君の仕事振りは実に「壮心已まず」の気魄に満ちていた。君のSBIグループにおける貢献は以上二~三を述べたが挙げれば切りがない程多大なものであった。
 君と僕との関係は単なる上司と部下とか友人とかといったものを超越するものであった。表わすに適当な言葉はないが、敢えて言えば、志念の共有をベースとした同志的結合である。それとて我々の関係の一部を表すものでしかなかろう。
 君はずっと昔、僕に一度辞表を持ってきた。僕は中を見ることなく君の眼前で破り捨て、「お前は何を考えているんだ。お前と僕とは永遠の同志だ。」と言った。君の眼には涙が浮かんでいた。君が故人となった今でも僕のこの思いは変わらないし、僕が生きている間は変わらないだろう。
 君との出会いと同志的結合がなければ僕の仕事人生は無味乾燥としたものだったかもしれない。
 最後に僕は君の御霊に心から敬意を表するとともに、深甚の感謝の誠を捧げたい。本当に有り難う。今度こそゆっくり休んでください。




 

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