北尾吉孝日記

『自主憲法の制定を求む』

2014年6月4日 15:00
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先月28日に『分裂が決まった日本維新の会。所属議員62人にとっては「異動希望先」の提出期限が5日に迫って』いるわけですが、今回の分党を巡ってはネット上でもBLOGOS等で様々な議論が見られます。
此の分党が何ゆえ起こったかは言うまでもなく、共同代表の石原慎太郎氏が「自主憲法制定」を何が何でもやりたいということに起因するものであって、先日の記者会見でも石原氏は「この国を立て直すために、アメリカが日本を解体・統治するための一つの便法として作ったあの憲法、日本文としても間違いだらけの憲法をですね、私は何としても直したいと思ってる」と述べていました。
第二次世界大戦の後に占領政策「3R5D3S政策」に則って、敗戦国日本に対し様々な弱体化政策を実施してきたマッカーサーが押し付けた現行憲法の中で、日本は米国に上手く飼いならされ日本人が日本人の主体性を発揮し得ない状況にさせられてきたように私は思っています。
戦後60数年を経た今こそ、日本民族がその主体性の確立を強く要請されている今だからこそ、現況に照らし合わせ今後の国家百年の計を立てた上で、終戦当時の進駐軍にある意味押し付けられ、マッカーサーの指令通りに作らされただけの現行の憲法を、我々が自ら創り直すというのは十分に一理あることだと思いますし、私自身それは正しいことだと考えています。
そしてその場合、一国の憲法を考える時に何が大事なのかと言えば、「自らの国土と自らの国民は自らで守る」ということ、即ち我々が此の国を自分達で守り抜いて行くという強い意志、そうして守り抜いて行くためにはどうすべきかということが、憲法の一番の精神として在らねばなりません。
また、此の国を自分達で守り抜くと言っても、それは領土だけを指しているのではなく、此の国の歴史・文化・伝統といったもの全てを自らの力で守り抜き、将来にそれらを継承して行くということであります。その観点からも今「日本国憲法かくあるべし」と我々日本人自身が考える必要があると思います。




 

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