北尾吉孝日記

この記事をシェアする

「天災は忘れた頃にやって来る」という警句で有名な戦前の物理学者、寺田寅彦氏は「ものを怖がらなさ過ぎたり、怖がり過ぎたりするのはやさしいが、正当に怖がることはなかなか難しい」という言葉も残しています。
「正当に怖がる」というのであれば、先ずは正しい現状分析を行ってリスク量といったものを的確に把握していることが、その前提となりましょう。
例えば、毎年夏になると「水難事故相次ぐ」という類の報道が多く為されますが、之は「こんな浅い所では何も問題ないだろう」と思って怖がらないが故、不幸にも川等で溺死してしまうといったケースです。
あるいは、先月17日に起きた「マレーシア航空機墜落事件」に関しては、撃墜されないとも限らない状況の中、全く怖がらずにウクライナ上空を飛行し、結果「80人の子供を含む298人の乗員乗客が犠牲となった」ものです。
私として今回の一件はマレーシア航空にも多大な責任があると考えていて、それは危害が加わるリスクに対して正しい評価が為されておらず、結果怖がることなく現状認識を誤り上記した地域上空を飛行してしまったからです。
此の怖がるということではもう一つ、『論語』の中に「君子に三畏(さんい)あり。天命を畏(おそ)れ、大人(たいじん)を畏れ、聖人の言を畏る。小人は天命を知らずして畏れず、大人に狎(な)れ、聖人の言を侮る」(季氏第十六の八)という孔子の言があります。
即ち、孔子が「君子には三つの畏敬するものがある。天命を畏れ、徳行のある人を畏れ、聖人の言葉を畏れる。小人は天命を知らないので畏れず、徳行のある人を見下げ、聖人の言葉を侮辱する」と言うように、今度は畏れるということがあります。
此の「おそれ」にも幾つかの漢字があって、「恐れ(こわがる気持ち)」や「畏れ(敬い、かしこまる気持ち)」等と夫々少しずつ違ったニュアンスを含んでいるわけですが、何れにしてもこのような気持ちを我々が抱く場合何か絶対的なものがあり、その力が自身の力の限界を遥かに超えているという認識を通常我々は有しています。
天そのものの存在を認めないがため天も天命も恐れることはないという人もいますが、対照的に私自身はそういうもの有りきで出発している人間で、天命を常に意識し大人・聖人の言に畏れを抱くからこそ、を律するということに繋がってきていると思います。
そういう意味で言うと恐れるという感情は何も恥ずかしいことでなく、ある意味で自分の無能さを知っているが故あるいは自分の天命を未だ以て知っていないが故、「このままの生き方で良いのか」等と我々は自分自身を反省して思い、そして様々な事柄で恐れを抱いて自分を律したり、それが祈りになったりもするわけです。
冒頭で御紹介した寺田氏の言葉「天災は忘れた頃にやって来る」とは、「忘れた頃に」ということですから最早恐れてはおらず、「喉元過ぎれば熱さを忘れる…苦しい経験も、過ぎ去ってしまえばその苦しさを忘れてしまう。また、苦しいときに助けてもらっても、楽になってしまえばその恩義を忘れてしまう」のであります。
『忘ということ』(13年3月7日)の素晴らしさは嘗て当ブログでも述べましたが、最愛の妻の死・夫の死・両親の死・ペットの死等々を、時間の経過と共に忘れることが出来るからこそ人はまた暫くして立ち直り、ある意味で笑って生きて行ける部分もあるでしょう。
但し同時に、そもそも人間が忘れるよう出来ているものだとすれば、忘れることの良否を峻別し『覚えておくもの、覚えておく必要のないもの』(14年2月28日)を自分で峻別して行かねば、様々な問題を引き起こす原因の一つになりましょう。
本日69回目の終戦の日を迎えたわけですが、毎年この時期になると何時も語部のようになって「戦争ほど悲惨なものはない」と、その実体験を基に伝えて行こうとする人が出てきます。
しかしながら、人間その悲惨さを分かっていながら実体験なきものは特に忘れ易く、殆どの人は一度その話を聞いたところである面で忘れて行き、結果としてまた同じ悲劇を繰り返すというのが人類の歴史であります。
戦争という悲劇が太古の昔より変わらず繰り返し起こってきている中で、昔であれば斧や弓矢で人を殺していた戦いが、技術進歩の結果生み出された核兵器や化学兵器等により、益々確実に多くの対象を瞬時に殺戮することが出来る状況になって行っています。
他方、幾度の大戦を経て多数の犠牲者を生み不戦の誓いを掲げながら、人類は戦争を完全に否定するといったことがないままに今日まできているわけで、戦争などは人間の精神性が如何に進歩して行かないかを表す一つの典型例と言えましょう。
従って此の8.15に限らず、日頃から此の恐れるという感情は大事だとの認識を持たねばなりませんし、常日頃それを持っている人は自分を律したり正しくリスク分析をしたりと、様々な部分で優れた人が多いように思います。




 

(任意/公開)
(任意/非公開)



Copyright © SBI Holdings, inc. All rights reserved.