北尾吉孝日記

この記事をシェアする

当ブログでは嘗て、「無から有を生ずる人」「不可能を可能にする人」「今まで非常識だとされていたことを常識に変える人」のどれかに該当する人が偉大な人だ、という私の定義を『偉大なる常識人たれ』(14年2月21日)で御紹介したことがあります。
あるいは『将に将たる器の人』(12年11月30日)では、対立する敵からも一目置かれ「あの人のためなら…」と敵対者の中からも協力者が現れ、そして結果を出すべく一つの合意に纏める力を発揮出来る、つまりは正反合の世界をどれだけ創ることが出来るのかにより、その偉大さが定義されてくるのではと述べたこともあります。
此の偉大ということでは「偉大とは人々に方向を与えることだ」というニーチェの名言を私もよく引用することがあります。上に立てば立つ程に自分の下に集い自分を支えてくれ慕ってくれ期待してくれる人達にとって如何にベターな状況を作り出して行くか、そして究極的にはそうした同じ志を共有する人と共により良き世を具現化して行くことこそがリーダーとしての一番大きな役割になって行きます。
そういう意味で方向を与えるということでは、そもそもその羅針盤が狂っていれば目的地に全く到達できなくなりましょうし、多くの選択肢から正しいと思われる方向を選んで行くと同時に、また極めて難しいことではありますがその方向の正しさがいつ時点を基準にしているのかも考えねばなりません。
先週日曜日たまたまNHK大河ドラマ「軍師官兵衛」を見ていましたら、目薬を作っていた官兵衛の祖父(黒田重隆)のため官兵衛の父(黒田職隆)幼き頃に一人山に入り、何時も以上に薬草を籠に沢山積んで帰ったところ、褒められるかと思っていたら逆に怒られたというシーンがありました。
それは、未だ育ち切らぬ芽を摘んできていることになり、来年十分な収穫が期待できないことになり、その時点の評価と将来的なことを考慮した評価とは別だということも、我々は決して忘れてはいけないと思います。
従って、ある選択によって将来起こり得るマイナス面もその時点である程度考慮した上で現状において最善のものを選択し、同時にその選択にマイナス面が存在すると思えばそのマイナス面が出てくるのを如何にして未然に防ぐかということを考えて行かねばなりません。
あらゆる事柄を常に考え抜きベターな状況を作り出して行く方向を選択することが大切だと私は思っています。リーダーとしてこうした方向を与えられず毎回のように「会して議せず、議して決せず、決して行われず」では、部下あるいは自分に付き従う者が幸せになるはずなどありません。
老子が言うように勿論偶然の「無策の策」ということも無きにしも非ずではありますが、やはり人間である以上最大限に近未来を予測しベストチョイスし、また、その選択を私利私欲を離れたところで為して行くということが、正しい姿ではないかと思う次第です。




 

(任意/公開)
(任意/非公開)



Copyright © SBI Holdings, inc. All rights reserved.