北尾吉孝日記

『何のために命を使うか』

2014年8月21日 17:20
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『中庸』の冒頭に「天命之を性と謂ひ、性に率(したが)ふ之を道と謂ひ、道を修むる之を教と謂ふ…天命とは性であり、各々の性に由りて歩むことを道と呼び、その自己が歩むべき道を修むることを教と謂う」という言葉があります。
拙著『安岡正篤ノート』(致知出版社)の第4章でも述べた通り、天は夫々の人間に異なった性質と天命、即ち「性命」を与えています。
先ず造化(万物の創造主であり神であり天)は森羅万象、生きとし生けるもの全てに夫々の性質を与えています。
動植物で言えば、動物性・植物性という役割が夫々天から与えられており、此の食物連鎖の中で正に弱肉強食の世界が出てくるわけです。
そして動物の中でも、人間は此の生物界に生まれた人間としての役割、他の動物にはない人間性というものを受けています。
之は人間には人間としての生き方があるということを意味しており、之を使命(ミッション)と言い換えても良いでしょう。
更には現在72億人と言われる此の人間、人間としての役割は皆一緒かと言えば、男性は男性として、女性は女性としての大切なミッションを有しています。
最近は何か両性ミックスアップしている状況に思われますが、天は意味あって我々を男性として、あるいは女性として創りたもうたということです。
女性として端的にそれが現れているのが、種族保存のために出産という女性のみが有する最大の役割を天から与えられており、男性は幾ら頑張っても子を産むことは出来ません。
子供を産むというのは大変な痛みを伴うものであって、陣痛の痛みに耐えるべく、天は女性の痛点が男性より少くなるよう配剤したわけです。
あるいは、世界178カ国の「平均寿命の男女格差(中略)をみると、男性は平均して5%~1割ほど女性より平均寿命が短い」といったデータが示す通り、女性の方が男性よりも丈夫に出来ています。
女性は子を作り育てて行かねばならず、身体の仕組みも含め男性とは根本的に違った役割が与えられており、天は至る所でそうした配慮を施しているというわけです。
そしてまた、男性として生まれれば皆同じミッションを与えられているかと言うとそうではなく、女性は女性で皆同じかと言えばまたそうではありません。人間には夫々個性があり皆違った顔で生まれてきているように、ものの考え方あるいは感受性そのもの等々その全てが異なっています。
此の人間社会で周りを見た時に、もし自分と同じ顔で同じ見方をする人間の集合体であったとしたら、多くの人が発狂するのではないでしょうか。
全ての人間が違ったミッションを持って生まれてきており、此の個々のミッションこそが、その人に与えられた命(めい)というものです。
故に安岡正篤先生も言われるように、その自分に与えられた固有の命を引き出して発揮して行くことが人間としての務めであり、之が東洋哲学の一番の生粋であります。
使命とは「命を使う」ことだというのは正にその通りでありますが、では「何のために命を使うか」と言えば、それは自らに与えられた天命を明らかにし、その天命を果たすために命を使うのです。
1年半程前のブログ『五知を養う』でも書きましたが、『論語』の中に「命を知らざれば以て君子たること無きなり」(尭曰第二十の五)という孔子の言があります。
己にどういう素質・能力があり、之を如何に開拓し自分をつくって行くかを学ぶのが、「命を知る」ということです。
天が自分に与えた使命の何たるかを知らねば君子たり得ず、それを知るべく自分自身を究尽し、己の使命を知って自分の天賦の才を開発し、そして自らの運命を切り開くのです。
人間一人ひとり、生まれた時に天から与えられた命、使命を求め世のため人のため尽くして貰いたいと思う次第です。




 

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