北尾吉孝日記

『本音と建前』

2014年8月27日 18:00
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19世紀英国の歴史家・評論家のトーマス・カーライルは、「人が何かをするには二つの理由がある。人聞きのよい理由と本当の理由である…A person usually has two reasons for doing something, a good reason and the real reason」と言っています。
カーライルが難しい言い方をしているのか、あるいは訳者が難しく訳したのかは兎も角として、要は言い方を換えれば「本音と建前」ということだと思います。
之は、日本人における文化的習性の一つとでも言えるようなもので、取り分け日本人は他国民に比して常に、此の本音と建前両方を有している部分があろうかと思います。
例えば、日本語というのは「Aの否定の肯定、その肯定のまた否定」といった具合に、最後まで相手の顔を伺いながら肯定したり否定したりしますから、その人の「yes or no」は結語を聞いてみないと分からないところがあります。
ところが、英語や中国語においては「I do not」や「我不」といった具合に、冒頭で肯否を告げてしまいますから、その人が本音で話しているか否かはその人の言葉自体にかなり明確に出てくる部分もありましょう。
更に言うと、日本人というのは何事もはっきり言わない傾向があるように思われ、「阿吽の呼吸」や「腹芸」あるいは仏語での「以心伝心」という言葉等々、日本人特有のそうした感情は様々な表現で為されます。
上記した通り、カーライル自身が「A person usually has two reasons for doing something, a good reason and the real reason」と言っているのですから、英国人にあっても本音と建前はあるのかもしれません。
しかしながら、カーライルが思っている以上に、日本人は割合その傾向を強く有しているような気がします。
何れにしても、私などからすれば本音と建前の両方を持つのは、ややこしいという気がします。
即ち、私自身ある意味「○か×か、△はなし」「黒か白か、グレーはなし」といった形で、曖昧な表現方法を用いるということが殆どありません。基本的には全て本音です。
先週月曜日のブログでも述べたように、として常に主義・主張・立場を明確にし、様々な事態に直面した時に物事をはっきり言う方ですから、そういう意味で私は平均的日本人とは少し違っているのかもしれません。




 

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