北尾吉孝日記

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先週火曜日のブログで私は『論語』の中にある次の章句、「子、四(よっ)つを以て教う。文、行、忠、信…孔子は忠と信という徳目を得るために、文と行の二つを実践させた」(述而第七の二十四)を御紹介しました。
此の「」について述べるならば、私は社員に対し常々口だけの人間になるなということ、つまりああだこうだと言うだけでなくやってみてその結果を見せなさいと、英語で言えば“Don’t tell me. Show me.”ということを終始言ってきました。
「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ」とは山本五十六元帥の実に至言でありますが、上に立つ者ほめてやるだけで事足りるものではなく、やはり言って聞かせやってみせねばならないということです。
『論語』の「子路第十三の六」に「其の身(み)正しければ、令(れい)せざれども行わる。其の身正しからざれば、令すと雖(いえど)も従わず」という孔子のもあるように、皆に先達て身を修めて実践し口先ではなく正に後ろ姿で部下達を導く「率先垂範」の人でなければ駄目なのです。
また褒めるということは、人に感激を与え人を感化して人を動かす上で大変重要な要素でありますが、人材育成に当たっては叱る事と褒める事のバランスが大切です。叱るべきはきちっと叱り、その人に「なぜ貴方は叱られているか」をはっきりと教えて、よく理解させる必要がありましょう。
それからもう一つ、人を褒めるにしても褒め殺しという言葉もありますが、ほめ過ぎるというのでなく、相手に対し純粋に素晴らしいという気持ちを素直に吐露し、その人の何が実際素晴らしく感じられ褒めているのかを明確に述べれば、それで良いのだろうと思います。
そしてまたその理由は、例えば学業成績の向上が見られたからといったことも勿論その一つでありましょうが、そうした類よりももっと大事なのは、人間としての生き方あるいは人格形成に関わる事柄で褒めるべきを大いに褒めてやるべきです。
米国初代大統領のジョージ・ワシントン(1732年-1799年)で言うと、彼が「子供のとき桜の木を切ったことを父親に正直に話したら、かえって褒められたという挿話(ワシントンの斧 – George Washington’s axe)」もあります。こうしたワシントンのような行為を立派だと褒めるべきであって、褒めるという行為に学業成績云々を結び付けたりするのは、余り良いことではないでしょう。




 

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