北尾吉孝日記

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稲盛和夫さんのインタビュー記事、『「経営」の要諦を「人間性」に置いた求道者』(14年9月25日)が『経済界』のサイトに載っています。
稲盛さんに関し巷ではJAL再建ということが取り分け注目されていますが、例えば企業再生にあっては積極的というよりは頼まれる形で、稲盛さんは「中堅カメラメーカーだったヤシカを取り込み、立て直し(中略)会社更生法の適用を申請した複写機メーカー、三田工業(現・京セラドキュメントソリューションズ)の再建」等のため尽力され、立派に再建された方であります。
上記記事では此のヤシカの事案について、「一般に業務提携だとか支援という場合、まずある程度の株を持って、よければもっと先へ進み、悪ければ手を引くという形です。しかし、稲盛さんは思い切って合併してしまった」とのインタビュアーの言に対し、稲盛さんが「やっぱり本当の親切というのは、乗るかそるか、もう後に引けない状態にこちらを追い込んでやってあげることだと考えたんです」と答えた箇所もあります。
此の意味するところ私は、先月17日のブログで御紹介した孫子の言、「死地(しち)に陥(おとしい)れて後(のち)生(い)く…味方の軍を絶体絶命の状態に陥れ、必死の覚悟で戦わせることではじめて、活路を見いだすことができる」と同じではないかと考えます。
そして、一旦決心したら『詩経』の小雅(しょうが)・小旻(しょうびん)にある詩の一節、「戦々兢々として、深き淵に臨むが如く、薄き氷を履むが如し…深い淵(ふち:水を深く湛えているところ)の断崖に立った時には、落ちない様に注意し、薄い氷の上を歩くときには、割れて水中に陥らない様に慎重に行動する」ということを言われているのだと思います。
稲盛さんのヤシカの例で見ても、結果として「乗るかそるか、もう後に引けない状態にこちらを追い込んでやってあげ」たことにより再生に繋がって行くわけで、企業の再生とは中途半端な形では成し得ないものだということです。
但し、「本当の親切」と稲盛さんが言われるように、之を以て「親切」という言葉が適当か否かは分かりません。一旦会社の再生に踏み切るとなれば、「運が良ければ」とか「上手く行ったら」といった類の問題ではないからです。「上手く行かねば自分も終わり」というぐらいの覚悟を決め、一蓮托生で事に全身全霊で当たらねばならない、ということだと思っています。私どもSBIの場合で例示すれば、韓国の貯蓄銀行に900億円強を注ぎ込むということ、正にそういうことでやったわけですが、幸い確実に成果が上がり始めました。




 

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