北尾吉孝日記

『人を動かし、世を動かす』

2014年10月16日 18:20
この記事をシェアする

政治家というのは、世のため人のためという強固な意志を持ち、そして「一以て之を貫く」(『論語』)ということでなければなりません。
その社会のため、自分がやらねばならないと思うところを、恒心や不動心あるいは信念といったもので、如何なる犠牲を払おうともやり抜くのです。
TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)で例示すれば、農業一セクターの利害を守る延いては自らの議席を守るというように、国家の存亡よりも自分の地位を大事に思う代議士が一部で見受けられます。
しかしながら高関税が様々課されている現況において、何が何でも反対だと声高に叫ぶ国会議員は自問自答してみて本当にそう思っていると言えるのでしょうか。
日本という国の立場から為すべきと思うのであれば、やはりそれは日本のため堂々と言わねば可笑しいことでしょうし、一旦政治家を志した者は地元選挙区民の反応が如何なるものかに終始していたのでは駄目だということです。
例えば、田中角栄という人は今太閤と呼ばれてもいましたが、彼は豊臣秀吉とある面似た部分があって人情の機微を十二分に理解し、ある意味最も人心を上手く得て圧倒的人気を持った政治家でした。
水呑百姓として生まれ足軽から入って頂上を極めた秀吉に対し、小学校を出ただけの叩き上げで宰相にまで上り詰めた角栄ということで、当然そうした人情の機微を知り尽くした上での大衆動員であったのだろうと思います。
日本では珍しいスケールの大きな政治家であった角栄さんは、日本の長期ビジョンに立って日本のため何を為すべきかと考え、当時絶大な世界的プレゼンスを誇っていた米国を向こうに回してそれを実行に移そうとした結果、虎の尾を踏み「ロッキード事件」で葬り去られたのは御存知の通りです。
角栄さんは日本独自でのエネルギー確保をある意味初めて戦略的に思考し、エネルギーという米国の巨大な既得権益の中でも最も大事なものにチャレンジしたということ、そしてまた、米国に6年半も先んじて中国との国交正常化を実現したということ等々国家のため身命を投げ打って尽くした国士であったわけです。
その彼曰く「政治家は発言に、言っていい事・悪い事、言っていい人・悪い人、言っていい時・悪い時、に普段から気を配らなければならない」ということで、之を実行した正にその人が角栄さんであったのだと思います。
政治家にあって国益を考え己の信念を貫き通すことが大事なのは言うまでもありませんが、結局「人を動かし、世を動かす」上では政党内で巨大派閥を作り上げ、そしてその政党を圧倒的なものとして世の中を変えて行く、というのが大事な鉄則であります。
昨日「雑音」発言を撤回した松島みどり法務大臣だけでなしに、今日に至るまで「人を動かし、世を動かす」前に詰まらない発言で転けてしまった議員は沢山いたわけで、上記した角栄さんの発言におけるある意味での不変性はよく考えておかねばならないことです。
何れにしても、今日本に必要とされるのはそういう意味で、中長期的な国家ビジョンを構想し得るだけでなく、重厚感や胆識といったものを感じさせ上手く「民を悦ばせ」信じさせた、田中角栄的な政治家が出てくることだろうと思います。




 

(任意/公開)
(任意/非公開)



Copyright © SBI Holdings, inc. All rights reserved.