北尾吉孝日記

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森信三先生は、『心の深い人とは、この世の数かずの苦悩を経験することによって、ついに最後の岩盤ともいうべき「我見」というものが、打ち砕かれた人をいうのでありましょう』と言われています。
そしてまた先生は、『心の深い人物とは、結局、自分と縁ある人びとの苦悩に対して、それぞれに深く共感しつつ、その心の底に「大悲」の涙を湛えて、人知れずそれを噛みしめ味わっている底の人ではないかと思います』とも述べておられます。
心が深いということを上記した森先生の言葉で表せば、私として後者がより適当であろうかと感じます。要するに、様々な人の色々な気持ちを理解し同情を寄せられるということです。
思えば近代経済学を専攻していた学生時代、は「経済学の父」とも称されるアダム・スミス(Adam Smith、1723年-1790年)の『国富論』を読み、また経済のみならず人間そのものから出発しているような彼の人間性が垣間見れる『道徳感情論』を読んで、実に大変な感銘を受けました。
スミスは『道徳感情論』で、「人間は他人の感情や行為に関心をもち、それに同感する能力をもつという仮説から出発している」わけですが、此の「共感(sympathy)」の気持ちこそ正に心の深さに通ずるものでありましょう。
そしてそれは恐らく自分自身が様々な艱難辛苦を経験し、人の痛みを自分の痛みとして捉え得る中で初めて齎され得るものであって、之は人間的魅力ということに非常に関わっていることです。
「人を生かすことで一番大切なことは配慮だ。人に対する配慮、思いやり、共感がなければ、人を動かすことはできない」とは、現パナソニックを創設した松下幸之助さんのであります。人の喜怒哀楽をシェア出来る人、人の気持ちになって考え感ずることが出来る人の持つ魅力こそが、人に共感を与え感化して行くものだろうと思います。




 

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