北尾吉孝日記

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川田達男さん(セーレン株式会社 代表取締役会長 最高経営責任者)は、「リーダーは育てられません。それが持論です。企業が急激に成長すると人が育つスピードが追い付かない。人の意識を変えるというのはほとんど不可能だと思っています。人と過去は変えられません」と述べておられます。此の言はある面で正しいのかもしれません。リーダーは育てようと思って育てられるものではありません。私の所に挨拶に来る社長にも「これが息子です」と、私に紹介する方が沢山います。昔の国を考えてみても継ぐのは息子で、その為に帝王学と称するものを学ばせる等、一通りの育て方が為されています。しかしながら自分の息子をリーダーにすべく、帝王学を身に付けさせようと失敗した親が、此の歴史上どれだけ多いことでしょうか。
リーダーというのは、中々そう簡単には育てられません。育てようと思って育てられないものであり、その人に与えられた境涯・境遇の中でリーダーになるという意志と自覚を持ち、リーダーに相応しい人物になるよう自分で築いて行くしかないのです。自分を築くのは自分しかないのです。何らかの天分に恵まれたが故に、自然とリーダーになるのかと言えば、そうでは決してないのです。「己より賢明な人物を周辺に集めし男、ここに眠る」とは、米国の「鉄鋼王」アンドリュー・カーネギーの墓碑銘です。リーダーとしてより大事なのは、如何なる大志を抱き如何に優秀な人を多く集わせて、彼らと共に自分がやるべきことを明確にし、そしてその志念を共有化して行くというプロセスです。段階的に詳述すればリーダーとは、①先ず一つの志(理想を目指し到達しようとする心)を描き、その志を共有して行く仲間達が存在して、②その共通目的の実現のために集った仲間達から、その能力や手腕あるいは人格等により指導者という形で仰がれ、③そして今度はその目的を成功裏に成し遂げるべく、目標達成に対する誰よりも強い意志と熱意を有し、④また更にその仲間達全てに対しても透徹した責任感と犠牲的精神といったものを持つようになる時、自他共に目的遂行のためのリーダーとして自覚し認識して行く、というふうになるものだと私は考えています。
従ってリーダーとして絶対に有らねばならぬは人間的魅力でありましょう。是と言って特別に卓越した頭脳が必要なわけではありません。「三顧の礼」を以て劉備玄徳が諸葛孔明を迎えられたのもそうですが、畢竟その人間がある種の人間的魅力を有しているか否かに尽きるのです。此の人間的魅力を如何に持たせるようにするのかは難しく、幾ら持たせようと思っても持たせられるものではありません。己の境涯・境遇の中で自分自身がどう自分自身を成長させて行こうとするか、そしてそれに成功するかがリーダーか否かの境界だと思います。そうした(めい)なかりせば、リーダーとしては育たないのだと思います。




 

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