北尾吉孝日記

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ライフハッカーに「最大の欠点は最大の長所かもしれない」(14年12月11日)という記事がありますが、森信三先生も言われるように私として、精神上の長短の問題と知識・技能上のそれとは分けて考えねばならないと思っています。
先ず人間の性格のような前者の問題につき、森先生は「欠点を反省して、これを取り除くという努力が、実はそのまま、長所を伸ばすということになる」という見方をされています。通常長所を伸ばそうと努力する人が多くいる一方、短所を自ら強く認識しそれを少なくして行こうとする人は余りいません。しかし先生が述べておられるように、欠点を反省しそれを除いてやれば、長所が伸びて行くというのは本当だと思います。何故なら「精神界にあっては、長所と短所とは別物ではなくて、同一物」であり、「ただそれが反省によって浄められるか否か、ただそれだけの相違にすぎない」からであります。相対観をなくし絶対という立場から物事を見れば、長所も短所も変わらぬものです。だからこそ精神上の問題に関しては、長所を伸ばすよりも短所を直す方が、より長所が伸びることに繫がって行くというわけです。
こうした精神上の問題に限らず、欠点自体は勿論自分で知らねばなりません。但し、自分では中々知り得ないものですから、時に人から教えて貰わねばなりません。そもそも自分自身というのは、分かっているようで中々分からぬものであり、故に人類共通のテーマになるのです。だからソクラテスは「汝自身を知れ」と言い、ゲーテは「人生は自分探しの旅だ」と言っています。あるいは自分自身を分かることを、儒教の世界では「自得」と言い、仏教の世界では「見性(けんしょう)」と言います。心の奥深くに潜む本当の自分自身、己を知るのは極めて難しいことなのです。安岡正篤先生は、「もし政治家、事業家、教育家、それぞれの人々が、もう少し真剣に自分というものを究明したら、この世の中を一変するくらいなんでもない。(中略)自分を究めないものだから、いろいろな過ちをおかして悲劇が始まるのである」と、『知命と立命』(プレジデント社)の中で言われています。
他方、後者の知識・技能上の長短というのは同一物でなく別物であり、一般的には短所を補うよりも寧ろ長所を伸ばす方を考えるのが良いと森先生は言われています。嘗てのブログでも述べたように私自身、長所を伸ばすことにより短所が消えるか或いは抑えられて行くといった形で短所に変化を及ぼすことは間違いなく、長所を出来るだけ伸ばすという教育法が基本正しいのだろうと考えています。例えば、子供の育て方にあって何時も短所だけを見出し一生懸命に怒るよりも、「美点凝視」にこれ努めその美を更に伸ばす中で、自然と悪い所を目立たなくさせて行くのが大切だと思います。また之と同じように自分自身についても先ずは己の長所が何かと探り当て、それを更に伸ばそうと全力投球する過程で自然と短所が良き形に変わってきたり、それ自体長所に転ずることも出来てくるのではという気がします。『論語』の「顔淵第十二の十六」にも、「君子は人の美を成す。人の悪を成さず」という言葉があります。孔子曰く、「君子は人の長所を見つけて、一緒になってそれを伸ばすのを助けてやる。それによって悪いところは目立たなくさせてやる」ということで、自分自身に対する見方も同様、自分の美点を凝視し如何に伸ばして行くかを考えるべきだと思います。




 

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