北尾吉孝日記

『不変の原則』

2015年7月27日 18:40
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信用」ということに関し本田宗一郎さんは、「ひとつは人間愛だと思う。人を愛し、人に愛されることだ。ひとつは約束を守ること。もうひとつは人に儲けさせること。つまり自分の人生と仕事を通じて多くの人に恩恵を与えること」に「尽きると思う」と言われています。
人から信を得るに最も重要な要素は、やはり「約束を守ること」が基本だろうと私は思っています。本田さんはそこに「人を愛し、人に愛されること」、あるいは「人に儲けさせること」という要素も加味しているようですが、誠実であること・噓を言わないことが一番大事であると考えます。信という字は、人偏に言と書きます。言に噓はないか・言が誠実かということです。
此の信というのは「五常(ゴジョウ)」と言われる、君子になるべく学ぶ中身の一つであります。五常とは夫々、「仁:他を思いやる心情」「義:人間の行動に対する筋道」「礼:集団で生活を行うために、お互いが協調し調和する秩序のこと」「智:人間がよりよい生活をするために出すべき智慧」「信:集団生活において常に変わることのない不変の原則」と、拙著『君子を目指せ小人になるな』(致知出版社)にも書きました。
孔子を始祖とする儒学では、人間力を高めるため五常をバランス良く磨くべしというわけですが、更に言えば之は対人関係に関するものである信と、自分の人格(人徳)を磨くことに関わる四常(仁・義・礼・智)に分けられます。
此の信について、孔子は非常に重きを置いています。それは、例えば「人にして信なくんば、其の可なるを知らざるなり」(為政第二の二十二)という言葉にもよく表れています。つまり、孔子は「人間関係、人間の社会は信義に基づいて成り立っている。信義なくしては人間関係も社会も成立しない」と言っているのです。
あるいは『論語』の「顔淵第十二の七」にある孔子と子貢の次のやり取り、『子貢、政を問う。子曰く、食を足し兵を足し、民(たみ)をしてこれを信ぜしむ。子貢曰く、必ず已(や)むを得ずして去らば、斯(こ)の三者に於いて何れをか先にせん。曰く、兵を去らん。曰く、必ず已むを得ずして去らば、斯の二者に於いて何れをか先にせん。曰く、食を去らん。古(いにしえ)より皆死あり、民は信なくんば立たず … 子貢が政治について尋ねた。孔子が言われた。「食糧を豊富にし、軍事を充実させ、人民に信義を持たせることである」。子貢が言った。「もしどうしてもやむをえない事情でこの三つの内一つを省くとしたら、どれを最優先にしますか?」孔子が言われた。「軍事だね」。子貢がさらに言った。「もしどうしてもやむをえない事情で残った二つの内さらに一つを省くとしたら、どれにしますか?」孔子が言われた。「食糧だね。どんな人間でも昔からいつかは死ぬとされているが、人民に信義なくては国家も社会も成り立たないよ」』にもよく表れています。孔子は「信がなければ何も出来ない」というわけで、君子になるための絶対条件として信を捉え信を重視しているのが分かりましょう。
集団生活にあっては、集団を構成する部分と集団全体との関係の在り方には欺瞞があってはなりません。ここに噓偽りがあったらば、全てが狂ってしまいます。従って全体と部分・部分と部分の構成員には、一貫して変わらない「不変の徳」がなければいけません。此の不変の徳のことを信と言います。
信は社会存立の基礎であり、之が失われたら社会は崩壊する他ないのです。為政者に対する不信、人間への不信、友人への不信、親子・兄弟・夫婦間の不信――こうした不信に終始するならば、人は此の世に一刻も生きては行けなくなるのです。




 

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