北尾吉孝日記

『日本人は独立自尊たれ』

2015年7月30日 14:55
この記事をシェアする

BLOGOSでも一昨日まで「安倍内閣を支持する?」というアンケートが実施されていましたが、之は「5大紙」の先月までの状況では「一貫して内閣支持率が不支持率を上回っていた」のであります。
ところが今月16日に安保法案の衆院通過を見て後、同月前半に出された朝日・毎日の結果同様に日経・読売・産経の世論調査でもその逆転が起こっています。之を「想定以上の落ち込み」と受け止める自民幹部もいるようです。
一昨日より参議院では当該法案が実質審議入りしたわけですが、先月も『憲法違反の安保法案は今国会で成立すべし』と述べた通り、私として集団的自衛権の行使容認が中韓を除く世界の常識ではないかと思っています。
言うまでもなく本来どの国の人にとっても、戦争ほど悲惨で戦争ほど関わりたくないと思っているものはないわけですが、日本人は自分に都合の良いことばかりを余り考えるべきではありません。
普通の法学者は憲法の原文に照らし合わせて其の合憲性を判断するのに対し、世の現況と照らし合わせてかくあるべしといった議論は現行憲法の改正あるいは解釈の変更という話になるでしょう。
上記法案は誰がどう読んでみても憲法違憲との指摘を受け得るものでしょうが、それは解釈の問題であって法文的な解釈だけでなく、現在そして将来を見据えた上でどう在るべきかを勘案し情勢判断を下して行くのが正しい考え方だと思います。
安倍晋三首相におかれても支持率云々は関係なしに、御自身の信念を堂々と貫かれて正しいと信じる道を大いに進まれたら良く、私が見るに今回世に明らかとなったのは憲法学者が如何に情けない存在かということだと思います。
日本はこれまで、第二次世界大戦の敗戦の結果として進駐軍にある意味押し付けられた今の憲法、言わば「マッカーサー押し付け憲法」を金科玉条の如く大事に持ち続けてきたわけですが、良い所も勿論あるにしろ時代の変化に鑑み時代錯誤の様相が顕著になってくる中、私には後生大事にそれを守り続けて行くことに何ら意味を見出せません。
同じ敗戦国のドイツは独立後自らの憲法を主体的に創ったわけで、戦後70年を迎えたいま日本人が日本人の主体性を大いに発揮すべく現況に照らし合わせ今後の国家百年の計を立てた上で憲法改正に踏み切って、自らの力で自らの国を守るという国民意識の高揚を図り実際に動き出すべきタイミングに差し掛かっているのではないかと私は思います。
共産主義国としての東欧諸国が崩壊に至るまで大体70年掛かったように、物事の移り変わりというものは大体60年から70年を一つの区切りとしています。そしてその変わり方は何れのケースでも主体性を取り戻すということであって、大きく変化し続ける此の世界環境において制定後50年以上を経ても尚不変であり続けるべき憲法など有り得ないものだと思います。
マルクス主義の史的唯物論の基本的概念にある上部構造とは、「社会の経済的土台(下部構造)の上に形成される政治・法律・宗教・道徳・芸術などの意識形態(イデオロギー)と、それに対応する制度・組織。下部構造による制約を受けるとともに反作用を及ぼすとされる」とされています。
此の下部構造である経済的土台がグローバルに激変して行っているにも拘らず、それに規定される上部構造の一つ、施行から68年目を迎えた日本国憲法が変わらずに済むはずもなく、現況とは「国のかたち」を決める一番の基になる憲法ですら一刻も早く思いきって変えるべきタイミングだと思います。
例えば中国という国を歴史的に見れば、正に中華という真中に咲く華であり世界の支配者であって周りは九夷(きゅうい:九つの野蛮国)であるといった調子で、たとえ王朝がかわろうとも周りの全てが属国であると何千年もの間思ってきたのが此の中華思想です。
故に日中間で未だ対立続く領有権の問題等に関し日本が幾ら自国の主張を続けてみたところで、そういう民族である以上そう簡単には変わり得ないこと、そして両国間での偶発的な戦闘的行動が何時何時なされるやも知れぬこと、を我々日本人はきちっと認識しておくべきでしょう。
不幸にも仮にその時が訪れたとして、何ゆえ米国は日本のため中国と戦ってまで自国民の血を流すかと考えるに、私に言わせれば国の防衛とはそんな甘いものでなく米国も何が何でも日本を守り抜こうなどと思ってはいないはずで、米国が絶対助けてくれると信じる日本人がいるとすれば最早本当の御人好しと思わざるを得ません。
国防と言ったら日本は米国べったりの依存体制で、依存するがゆえ何時まで経っても米国に媚び諂う情けない状況を続けねばならないのであって、一国の憲法を創るに当たって一番の精神として在らねばならぬは、我々が此の国を自分達で守り抜いて行くという強い意志、そうして守り抜いて行くため基本どうすべきかということです。
また更には此の国を自分達で守り抜くと言っても、それは領土だけを指しているのではなく、此の国の歴史・文化・伝統といったもの全てを自らの力で守り抜き、将来にそれらを継承して行くということです。
日本そして日本人を如何にして行くかという中で、戦後日本が忘れてきてしまった日本的道徳や他の日本人的特性あるいは日本人の伝統や文化的遺産といったものを、今一度覚醒しようとしている安倍内閣を私は当該観点より一貫して評価しています。
今月9日CSIS(戦略国際問題研究所:Center for Strategic and International Studies)主催シンポジウムの挨拶で安倍首相は、「日本の近代史は、明治から開戦までが70年余、そして敗戦から今日までが70年です。これから戦後の方が長くなります。私は、戦後70年の日本の歩みを誇りに思います」と言われたようです。
此の戦後70年という節目にあって「独立自尊」の思想が皆無の現行憲法の異常性につき、今後日本は如何に処すべきかが問われています。日本人が自らの国土と自らの国民は自らの軍隊で守るという独立自尊の気概を断固として持つことが、正に今求められているのではないでしょうか。




 

(任意/公開)
(任意/非公開)

  • 小
  • 中
  • 大



Copyright © SBI Holdings, inc. All rights reserved.