北尾吉孝日記

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ネットで検索してみますと様々なコーポレートサイト等に、戦国武将・島津義弘が残したとされる所謂「薩摩の教え」が載っています。それ即ち、「一、何かに挑戦し、成功した者」「ニ、何かに挑戦し、失敗した者」「三、自ら挑戦しなかったが、挑戦した人の手助けをした者」「四、何もしなかった者」「五、何もせず批判だけしている者」を人間の順序とするようです。
言うまでもなく「何かに挑戦し、成功した者」は一番です。二番目の「何かに挑戦し、失敗した者」には、挑戦してやろうという気概があります。そして何でも彼んでも一人で出来るわけでないですから、「三、自ら挑戦しなかったが、挑戦した人の手助けをした者」も値打ち有る者と言えましょう。
最低最悪なのが「何もせず批判だけしている者」ということで、一人前のことを言う人に限って何もしない人は意外に多くいるように感じます。要するに之は「胆識を有していない人」、つまり「勇気ある実行力を伴った見識を持っていない人」を指しています。こういう人は、何等か見識あり気に見えながら批判に終始し何ら挑戦することもなく、だから当然失敗することもありません。
何かにチャレンジして初めて、何のために生まれてきたかが段々と分かってきます。仮にその時失敗という結果が出たとしたらば、その人が此の世に生を受けたのはその為ではないのかもしれません。あるいは、それは将来の成功を目指しその失敗を教訓にしなさいといった天の采配かもしれません。私は何れにせよ、事の正否に拘らず全ての努力に無駄はないと思います。
「無駄な努力」という言葉もありますが、正に「七転八起(しちてんはっき)」の精神で「何回失敗してもくじけず、立ち直ってどこまでもやりぬく」場合、その本人にとって何も得るものがないかと言えば、私はそこに何かあるに違いないと思うのです。
人間は社会的な動物です。我々は一人では生きて行けません。周りによって生かされているのです。そういう人間として生まれてきた以上、何か社会で果たすべき役割があるはずです。その役割が「天命」というものです。我々にとって天命を知ることは、生きる目的を知ることだと言っても過言ではないでしょう。
私自身は49歳の時、インターネットを活用した金融事業によって投資家主権あるいは消費者主権を確立し社会に貢献することを自らの天命として、起業を果たしました。その後に仕事を通じて生まれた利益を社会に還元すべく、公益財団法人SBI子ども希望財団やSBI大学院大学を設立しました。之が、私のもう一つの天命となりました。孔子ではありませんが、次世代を担う人物の育成こそが最大の社会貢献になると考えたのです。
森信三先生は人間の一生というものを「『生から死へ』の間」に過ぎないと言われ、「偉人と凡人の差も、結局はこの生から死への間をいかなる心がけで過ごすかという、その差に外ならぬ」と言い切っておられます。そして此の「『生から死』への間」の中でも、人生の正味は30年位のものであり、此の30年を精一杯に生きねばならないと述べておられます。期限が来たならば何かをしたいと思っても、満足な結果は得られないのです。
人間も三十年という歳月を、真に充実して生きたならば、それでまず一応満足して死ねるのではないかと思うのです――森先生は逆にこうも言われています。人間として価値ある生を送る為に、此の30年間が大切なのだというわけです。
悔いなき人生にするのも、悔いばかりが残る人生にするのも、全ては自分次第です。晴れやかな人生を送って命を終えたいと思うならば、自分自身に打ち克ち自らの天命を全うすべく必死で努力すれば良いのです。それは言葉でいうほど簡単ではありません。こつこつと時間を掛け努力を続ける必要があります。
しかし、己を高める為の時間を惜しみ努力を怠っているようでは、結局この世に何も残せぬままにタイムリミットを迎えてしまうのではないでしょうか。それでは折角人間として生まれてきた甲斐がないと思います。
自らが望んだものではなく天から与えられた命です。何ゆえ自分に命が与えられたかの意味を深く考え、自分を大切に生きて欲しいと思うのです。最後まで命を愛惜し意義ある人生だったと言える、一生にして頂きたいと思う次第です。




 

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