北尾吉孝日記

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今BLOGOSで「民主党」タグをクリックしてみれば、そのページには「枝野幹事長が細野政調会長を注意」という見出しに続けて次の記述が載っています--民主党の岡田代表と細野政策調査会長が会談し、細野氏が岡田氏に野党再編や解党を主張したのに対し、あくまでも維新との統一会派を目指す岡田氏がこれを否定したと報じられている。こうした細野氏の言動に対し、岡田氏と同じ考えを持つとみられる枝野幹事長が口頭で注意していたことも明らかになっている。細野氏は馬渕氏、長島氏と野党再編をテーマに討論会を開いており、前原誠司氏も解党を主張している。
私は以前より細野氏に会う度に、「一刻も早く新党を立ち上げるべきだ」というふうに伝えていました。岡田・枝野体制である限り政権は担い得ない、というのが私の一貫した評価です。今回この細野氏および「前原誠司元外相、維新の党の江田憲司前代表らが(中略)、野党再編に向け民主党が解党を決断すべきだとの認識で一致した」との報道に触れ、漸く決断したかと思った次第です。
『「岡田民主」に道なし』とは今年1月、民主党代表選の翌日に書いた小生のブログタイトルです。あのタイミングでの「細野敗北」を以て後、民主党という政党に再生の道は途絶えたのです。此の結果につき、民主党は一度崩れてしまった方が良い、という天意だったのかもしれません。そして崩れ行く正にその時が、此の年末までなのかもしれません。
残念ながら「民主・岡田新体制」発足より今日まで、そこから新しいものが生まれてくることを期待していた人は、ほぼ皆無だったというのが現実です。『選択』の15年10月号に『野党再編の「邪魔者」岡田克也』という記事もありましたが、自民党と真っ向から対立できるような二大政党制の一翼となる次の新勢力を再編成するは、少なくとも岡田・枝野体制では到底無理だと確信しています。
嘗て民主党は国民に対し「一度政権を担わせて下さい」と散々言い続け、その結果6年前の夏ついには政権交代を実現しました。しかしながら当該政権下の三人の首相の様態を見てきた国民の殆どは、此の党に失望の念を深め完全に見限りある種の拒否反応を示すようになったのです。
例えば先週月曜日、毎日新聞に「民主党、愛されない理由」と題された「特集ワイド」が組まれていました。当記事では「民主党の支持率は低迷している」として、直近の党勢つき次の通り書かれていました――10月の毎日新聞の世論調査では、政党別支持率で自民党が31%に対し、民主党は9%。民主党政権発足直後の2009年9月、民主党の支持率は45%(自民党は12%)にも上った。
党員・サポーター数も約23万人とピーク時から3割強も減少しており、その衰退ぶりは目を覆わんばかりです。これ即ち、鳩山由紀夫・菅直人・野田佳彦と余りに低レベルで総理になる器でない人物が三代に亘って続いたがため壊滅的な状況に陥り、その党勢に大変な後遺症を残し最早誰がトップを務めようが再生不能となったのです。
何ゆえ普天間基地移設問題が之だけ拗れ現在「異例の訴訟合戦」となるに至ったかと言ってみれば、それは鳩山・菅と日本の近代史上稀に見る外交音痴の総理が二代に亘って続いたからです。
09年11月の日米首脳会談における「トラスト・ミー」発言がそれを端的に現している通り、先ずは一国の約束の重みというものを全く理解できない鳩山氏が、日本国総理として9ヶ月もの長きに亘って稚拙な対応を繰り返してきたわけです。
自民党政権時に「野中広務さんらが、何度も沖縄に通い、県民と膝を交えて話をし、やっとのことで合意を得」て折角収まっていた問題であったにも拘らず、鳩山氏は不要にも「県外移設、県外移設」と喚き散らし此の問題を拗らせた挙句、右往左往して何も出来ないままに結局、名護市辺野古への移設で日米合意した状況に至ったのです。
また次に続く菅政権にあっても、普天間基地の移設問題で連立を離脱(10年5月)した社民党と再び連携して行こうとするなど、党として貫かれた政策の柱あるいは政権の国家ビジョンや安全保障観というものが当時全く欠落していたが故、現在にまで引き摺る形で日本の安全保障環境を悪化させてしまいました。
そういう中で米国との関係が急速に悪化し日米間のが緩み始めたところから、所謂「尖閣諸島中国漁船衝突事件」が起こり、更にはロシアのメドベージェフ大統領が突如国後島を訪問する等と他国に付け込まれ行くことになったのです。
そして極め付けは、第95代内閣総理大臣に就任した野田氏です。前二代に比しては多少マシになるかと思い見ていたところ、今度は都知事ごときに振り回され胡錦濤体制から習近平体制への移行期という極めて大事な状況下、当然起こるべき事態を予測もせずに、尖閣諸島国有化などという暴挙にあのタイミングで無神経にも出てしまったわけです。
もっと言うと菅直人という人は、総理経験者にも拘らず前回・前々回と2度も続けて自身の選挙区で敗者となり、比例復活することで何とか擦れ擦れで議員のポジションを維持しています。当該状況自体がナンセンス極まりなく、厚かましいにも程があると言わざるを得ないものです。
東京工業大学の理学部応用物理学科を卒業し『「原子力に詳しい」と自画自賛』していた全くのど素人である菅氏の御粗末な対応により、3.11後の日本で人災を拡大させることにもなったのです。こういう人がトップを務めるような政党に未来など有り得ない話です。此の最低レベルの政治家を一国のトップに据えてしまった、という拭い難い過去を我々は真摯に反省し決して忘れてはなりません。
言うまでもなく現代表の岡田氏および現幹事長の枝野氏も、上記政治状況を生じさせてしまった戦犯です。此の三代を経た現況にあって尚、幹事長の枝野氏は先週水曜日の記者会見でも、辺野古「工事の即刻停止を要求する」などと述べているような有様です。こうした類の輩が執行部を務める政党に再生など有り得ないのです。
岡田民主を巡っては今や象徴的には、共産党との選挙協力の是非や如何にといった馬鹿げた報道も為されています。之に関しては例えば、冒頭挙げた前原氏は「共産党の本質はよく分かっているつもりで、シロアリみたいなもの。ここと協力したら土台が崩れてくる」との批判を展開しています。
対して例えば「民主党ブレーンで知られる」山口二郎という大学教授は、「とにかく共産党を含めた野党間の選挙協力は最低限やるべきです。内部でごちゃごちゃ言っている暇はないんだ。参院選で民主がボロ負けしたら、もう日本で2大政党の実現は無理だと思いますよ」などと愚見を呈しているようです。
私に言わせれば共産党と手を組むは正に昨年末、政党要件を満たすべく生活の党が「生活の党と山本太郎となかまたち」となったが如く、同次元の話であって常識外れも良いところです。その行き着き先はと言うなれば、国民に相手にされなくなるということで、民主党は政権政党たり得ないとの共通認識が更に醸成され行くことでしょう。
あるいは「分裂騒動」に揺れる維新の党も維新の党で、ずっとがたがたがたがたしっ放しです。つい半年前「大阪都構想」で敗れ清清しく「政界引退」したはずの橋下徹氏は未練たらしく?其の政治的影響力を行使し続け、また党代表の松野頼久氏というのも父・頼三さんは偉かったものの、その戦略・戦術において全て敗れてしまったよう見受けられます。
結局いま票を集められるのは、終始一貫した「ブレない姿勢」で高評価を一部で得ている共産党かもしれません(笑)。他の野党は全く以て、票集めにもならないでしょう。不幸にも現在肝心要の野党第一党である民主党を筆頭に、政権の受け皿たり得るまともな野党が我国にはないわけです。
「政治は力なり。力は数なり」とは、田中角栄さんのであります。これ正にその通りで現況のままの推移を見たらば、自民党の近未来は益々明るくなって行くでしょう。「権力の暴走を許さない。その先頭に立つ」(民主党)と、言うだけ番長では駄目なのです。
続く「一強多弱」政治に緊張感を齎すには、一度野党を御破算にした上で自民党に対抗できる新勢力を結集しなければなりません。野党各党夫々に様々決着をつけて行かなければ、如何ともし難い局面に差し掛かっているものと私は認識しています。
能力的に優れており、人物的にも今後修養次第で大成すると思われる細野氏を野党再編の中心に据え、彼を主力にした中で大鉈を振るい全身全霊で尽力して行くことでしか、最早残された道はないのです。そのとき前原・江田・細野他、意を同じくする野党議員等が各所より集まりもしてくるでしょう。
それ大いに結構で、益々強さを増している自民党と堂々と渡り合える位の実力を有した一極の誕生が望まれます。そして与野党が常に切磋琢磨して行くという政治状況が実現され、一強多弱がため生じ得る権力腐敗のリスクを減じればと願うものです。




 

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