北尾吉孝日記

『運を開く』

2017年11月1日 16:35

日本の宗教家であり参院議員も務められた常岡一郎(1899年-1989年)さんは「運命発展の3つの法」として、①「仕事に全力をしぼる」、②「明るく感心のけいこをする」、③「いやなことでも、心のにごりをすてて喜んで勇みきって引き受ける」、ということを述べておられるようです。
此の運と言いますと直近私も、「運命は変えられる」(アエラドット、2017年10月8日)や『自分の運気を知るためにやる毎朝3回の「ソリティア」』(経済界電子版、2017年9月29日)と題し御話したテーマですが、安岡正篤先生の言を用いれば「心中常に喜神を含むこと」も意外と大事ではないかと認識してきています。安岡先生は、人生を生きる上で大事な3つのことに、「心中常に喜神を含むこと」「心中絶えず感謝の念を含むこと」「常に陰徳を志すこと」として、喜神(…喜ぶ心)を持つことを第一に説かれています。
そして曰く、『われわれの心の働きにはいろいろあって、その最も奥深い本質的な心、これは神に通ずるが故に「神」と申すのであります。人間は如何なる境地にあっても、心の奥底に喜びの心を持たなければならぬ。これを展開しますと、感謝、或は報恩という気持ちになるのでありましょう。心に喜神を含むと、余裕が生まれ、発想が明るくなります。また、学ぶ姿勢ができます』とされています。
ネガティブに物事を捉えてばかりいるのでなく、ポジティブに生きるための方策を何らか持たなければなりません。私は之が、ある意味運を良くすることに繋がると思っています。そして他の2点、「心中絶えず感謝の念を含むこと」及び「常に陰徳を志すこと」を考えるに当たっては過去のブログ、『感謝の出発点~「有り難い」という気持ち~』(2013年11月29日)や『報いを求める心からの脱却』(2013年3月14日)も有用であると思います。御興味のある方は是非読んでみて下さい。
それからもう一つ、「善因善果(ぜんいんぜんか)・悪因悪果(あくいんあっか)」という仏語がありますが、之は良いことをやれば良い結果が生まれ悪いことをやれば悪い結果が生まれるという意味です。但し、良い結果を期待してやるのではなく、上記した陰徳(…陰の徳、誰見ざる聞かざるの中で世に良いと思うことに対して一生懸命に取り組むということ)までとは行かなくとも、当たり前の行為として善行を積み重ねるのです。
尤も、善因善果を期待した行いであっても、陰徳を積むことになっていなくても、「俺は之だけのことをしたんだ!」と言って回る人の行いであったとしても、全ての善き行いはやらないよりは遥かに良いと言えましょう。結果として陰徳を積んだかどうかは別にして、世のため人のためになる何かを大いに為すべきだと私は思っています。
七仏通戒の偈(しちぶつつうかいのげ…過去七仏が共通して受持したといわれる、釈迦の戒めの偈)の内2句「諸悪莫作(しょあくまくさ)・衆善奉行(しゅぜんぶぎょう)」にあるように、仏教において善行を施すことが非常に大事にされています。諸々の悪を為さず諸々の善を行って自らの心を綺麗にしておくことが、幸運を招く上で大事だと思います。




 

『古教心を照らす』

2017年10月24日 16:40

株式会社経済界より『古教心を照らす』という本を上梓しました。明日25日より全国書店にて発売が開始されます。本書は10年前の4月より書き続けているブログ「北尾吉孝日記」の再構成として、08年9月出版の第1巻『時局を洞察する』から数えて丁度10巻目に当たります。
今回は、本書のタイトルを『古教心を照らす』としました。このタイトルは、虎関禅師の言葉「古教照心 心照古教」から採ったものです。本の読み方としては、「心照古教」の境地に達することが良いとされています。つまり、自分が主体的に考えながら読むわけです。そうかそうかと受動的な読み方(「古教照心」)では、活きた力にはならないのです。
この十年、ブログ本の形で毎年一冊ずつ上梓してきたわけですが、そのブログ本の内容を見ると私の物の見方や考え方が如何に「古教」、とりわけ中国古典から学んだことに大きな影響を受けているかと自分でもびっくりします。そういうことからすると若い時に中国古典を中心とした書を読み、知識を吸収してきたことで、心が照らされてきたのだと思います。
ただ、四十代以降になると同じ中国古典を読んでもより主体的に読めるようにもなり、自分の心が書物の方を照らす(「心照古教」)とまでは行かなくても、「心」と「書物」が一つになって来るような読書になってきたようにも思います。
『孟子』に「尽く書を信ずれば即ち書無きに如かず」とありますが、書物に書いてあることを全部そのまま信じてしまうのではなく、ますます批判的にかつ「自分ならこうだ」という形で主体的に読書をするようになりました。私としては、私の読書が進化してきたと考えています。
私の拙いブログ本の読者の皆様も是非主体的にお読みになり、もし得るところが有れば、活きた学問として(と言えば大袈裟ですが)血肉化し皆様方の実際の日常生活の中でそれが行動に移されるようになれば私としては望外の喜びです。本書が読者の皆様の日々の修養の一助となれば、幸甚であります。




 

『閃きを得る』

2017年10月20日 18:00

「くまモンの生みの親」とも称されるクリエイティブディレクター・水野学さんは、『日本人はイノベーションというと、全く新しいことをイメージしがちですが、「AとBをくっつけてCを生み出していく」ことを欧米人はイノベーションと呼んでいるように感じる(中略)、閃きというのも、何かと何かの接着から生まれてくると僕は思う(中略)。そしてうまく接着ができるかどうかは、その人の持つ知識や興味、環境といった様々な要因によるところが大きいと言える』と述べられているようです。
基本的には何も知識ベースが無い中で、ある日突然素晴らしいアイディアが天から降ってくる、といったことは極めて稀な話でしょう。色々な発明者や数学者あるいはノーベル賞受賞者のケースを見ていても、やはり何らか問題意識を持って長年に亘り研究し真剣に考える、といった中でヒントがパッと出てくるものだろうと思います。概して、そうしたプロセスを経ずしてイノベーションは生まれてこないと思います。
当ブログでは嘗て『天才の特徴~「一時にパッとわかる。」ということ~』(14年3月31日)等で、大数学者アンリー・ポアンカレーの発見に対する日本が世界に誇るべき天才的数学者・岡潔氏の見解や、「アルキメデスの王冠の話」等を御紹介しました。後者は、彼の有名な「アルキメデスの原理・・・流体の中で静止している物体は、それが押しのけた流体の重さだけ軽くなる、すなわち浮力を受けるという原理」に繋がって行くことになります。
史上天才と言われる様々な人は徹底的に考えに考えた末、暫く当該事項から離れていたとしても、何かの拍子にある日突然それが蘇ってきてふっと閃いたりする、と上記ブログでは指摘しました。必死になって考えに考えた挙句、疲れ果てて寝転んだ時にふっと良い知恵が湧いてくるといった具合に、アイディアや閃きを得る時には、必死になって考える局面が必ず何処かであるはずです。
イノベーションには確かに、「AとBをくっつけてCを生み出していく」ケースが非常に多く感じられます。例えば転換社債という金融商品がありますが、之は社債と株式という既存商品を組合わせ両性質を併せ持ったもので大変な人気商品となりました。あるいは定期預金証書というのがありますが、之は既存の定期預金を流動化させるべく証書にして色々な人に持たれるようして行く一つの組合わせです。このように多くの閃きは、組合わせから生じているわけです。
もっと言うと、例えば人間のヒトゲノムの解析がこれだけ短期間に為された事実は取りも直さずインターネットの進展に拠るものであり、インフォメーションテクノロジーとバイオテクノロジーとが結合したバイオインフォマティクスという学問的・技術的領域の急速な進展が齎した成果に拠るものです。あるいはinterdisciplinary(インターディシプリナリー、学際的)という英語がありますが、此の学際的な研究システム(多分野の専門知識や経験が必要な研究課題等に対して、様々な領域の学者や技術者が協力し合うシステム)の構築が極めて重要になってきています。
英国のケンブリッジ大学やオックスフォード大学を例に見ますと、各カレッジでは色々な領域の学者が一堂に会して食事を共にします。その際、例えば生物学者の言葉を聞いて数学者の頭にピンときて何かの研究サブジェクトのヒントを得る、といったような話は多々あります。こうした学際的環境が新しい着想・発想を誘発することは、現実味あることです。
何れにせよ、無から有は基本的には、そう簡単には生じません。先ず有を齎そうとする弛まぬ努力が求められてはいますが、その人の知識や経験あるいは環境等々、様々な事柄が絡み合い複雑に作用し合う中で、不思議な展開があるようです。




 
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