北尾吉孝日記

『骨というもの』

2019年8月7日 17:55

先月8日SBIグループ創業20周年記念事業が終わり、やっとほっとしたところで、今度は94歳になる母親が自宅で転(こ)けて膝を骨折しました。痛みが尋常でないと思いましたが、当日は日曜日でしたから、翌朝すぐにMRIを撮って貰いました。結果として膝のお皿の部分の縦割れが明らかになったわけですが、私は「横割れだと長く掛かるなぁ、歩けなくなるかなぁ」と思っていたもので、縦割れと聞いて少し安心しました。そして直ぐその日の内に東京女子医大に入院させて、先週末骨がついて退院してきました。
此の骨というものは、人間の身体において大変重要な部分ですが、少し構わなさ過ぎるのではないかと思います。胃が痛い・頭が痛いとなれば結構痛みがありますから、我々は直ぐ医者に行ったり薬を飲んだりします。
他方、骨については折れた・肉腫が発生したといった状況下はじめて感じて行くわけで、中々普通に骨密度をチェックするということでありません(最近では人間ドックでも大分チェックする人も多くはなりましたが…)。取り分け女性の場合、閉経後カルシウムが大幅に不足して骨が弱くなり、ハチノスのように骨粗鬆症(こつそしょうしょう)を患っている人が沢山います。そうしますと転けただけで(転けなくても自然骨折もあります)、運が悪ければ2度と歩けなくなり車椅子生活の中で全体的にその身体を弱くして行くことにもなるのです。
従って我々は骨を丈夫にすべく、あらゆる事柄に注意して行かねばなりませんが、先ずは基本的な知識を得ることからでないかと思います。カルシウムを取る・ビタミンDを取るといったことは、言うまでもなく大事です。あるいは、関西と東京で比較すると納豆を食べない関西の方が骨折する人が多いわけで、ナットウキナーゼを飲む・納豆を食べるといったこともあっても良いのではないでしょうか。
また、骨粗鬆症に対する様々な薬なども出ていますが、余り之に頼りますと腎臓に副作用があったりしますから気を付けねばなりません。中国では「医食同源」ということで、伝統的に医(健康維持管理)と食(食べ物)を密接に関連付けてきました。正に医食同源できちっと骨を丈夫にし、ちょっと転けた位で折れなくするよう、我々は食の上で、色々な知恵を身に付けて行く必要があろうかと思います。
最後にもう一つ、骨について序(つい)でに申し上げます。私が私淑する明治の知の巨人・安岡正篤先生は『「人物」とは?』ということで議論されており、人物であるための条件に『1.「骨力」に富んでいること』『2.「理想」や「志」を持つこと』『3.「胆識」を備えること』として、第一に骨力(こつりょく)に富んでいることを挙げておられます。
此の骨力とは平たく言えば「元気」であり、骨力から気力・活力・性命力が生み出されます。そうして骨力が気力を生み、次第に精神的に発達すると生きる上での目標・目的となる「志気」「理想」を持つようになるわけです。此の辺りの話については嘗てのブログ『人物の最も大事な徳』(18年4月27日)あるいは先月24日の講演でも触れたもので、該当スライドを添付しておきます。御興味のある方は、是非ご覧頂ければと思います。




 

「京味」の大将(西健一郎さん、私は何時も大将と呼んでいる)が、7月26日に急逝されました。尤も、大将が大動脈弁狭窄症(だいどうみゃくべんきょうさくしょう…大動脈弁の開放が制限されて狭くなった状態)を患い手術を考えられている、という御話を私が初めて伺ったのは今年の1月29日。大将は「順天堂大学の天野篤教授に執刀して貰う」と言われていましたが、私は「80歳を超えた高齢でもありますから内視鏡の方が良いのではないですか」ということをその時申し上げ、次に京味で食事をした2月28日大阪大学の澤芳樹教授を御招待し大将に紹介しました。
澤教授からも大動脈弁狭窄症であれば内視鏡の方で、「慶応病院の教授など私が此の人ならと思う先生を何時でも紹介します」とか、「大阪まで出て来られるのであれば阪大で私が勿論やります」と言って頂きました。しかし、本人の意思は変わらず順大で開胸手術をやられることになり、私は「無事退院できればなぁ」というふうに思っていました。その後2度ほど食事の時に元気そうな大将の御姿を見させて頂きましたが、残念ながら調子が悪くなったということで再度入院され、先週金曜日そのまま帰らざる人となりました。
私は、「日本料理の料理人として誰が一番か?」と聞かれたら何時でも「西さんが一番」と答えていました。西さんはそれ位の料理人だったわけですが、その料理人の元を辿れば御父様は西園寺公望公の御抱え料理人でありました。そうした状況の中で、『「之ちょっと片して来いと言われたらイコール少し残っているのを味見しなさい」というような御父様はつもりであったんだと思います』とは、西さんから直接伺ったエピソードです。その後、西さんは京都の「本家たん熊 本店」で修業され、そして、東京・新橋で京味を開かれることになりました。
大将が私によく言われていたのは、「日本料理は出汁が一番大事なんです。出汁は鰹と昆布。鰹は3年以上熟成させた鰹を掻いて使う。昆布は釧路の昆布。此の二つが基本です」ということです。東京でも3年以上熟成させた鰹を掻かいて使う料理屋は殆ど無いと言われていました。またもう一つ印象に残っているのは、「どういう料理にするかは食材が教えてくれます。旬の野菜や魚がこういう料理にしなさいと教えてくれるんです」という言葉です。
大将は奇を衒(てら)ったようなnew cuisineタイプは嫌いでした。飽く迄も伝統に忠実に、食材と相談しながら、その確かな舌でベストなものを、というのが大将のやり方だったのです。正に料理界の巨星堕つということで、もう食べられなくなることが残念で仕方がありません。唯、西さんの下で13年間修行された「井雪」という銀座の日本食屋の大将も、西さんに大変忠実で然も洗練された舌を御持ちです。
私が井雪に行く時は必ず大将に鯛の潮汁を所望するのですが、その潮汁はひょっとしたら西さんの域を超えたかもしれないと思う位です。全部が全部ではありませんが、出藍之誉(しゅつらんのほまれ…弟子が師よりもすぐれた才能をあらわすたとえ)と言っても良いような料理もあるわけです。料理は奥が深いものですから迚(とて)も西さんには追い付かないレベルかもしれませんが、ちゃんと西さんの後継者として弟子が育っているというのは私の唯一の期待であります。更に精進されて、西さんのレベルに達せられることを切に願っています。
西さん、長い間料理を食べさせて下さり本当に有難う御座いました。心から御悔みを申し上げると共に、非常に質の良い着物を上手く着こなす奥様と御嬢様に心から哀悼の意を表したいと思います。誠に有難う御座いました。西さん、ゆっくり休んで下さい。そしてまた、天国で美味しいものを食べさせて下さいよ。さようなら。




 

イエローハット創業者の鍵山秀三郎さんは、美しい心というものについて、「それは、自分はどんな汚いものを受け入れても、自分から出すときにはきれいにして出す。そのような心になって初めて、美しい心と言えるのではないかと思います」と述べておられるようです。
私が美しい心と聞いてぱっと思い浮かぶのは、公平無私(こうへいむし)或いは虚心坦懐(きょしんたんかい)という四字熟語であります。国語辞書で夫々見てみますと、前者は「一方に偏ることなく平等で、私心をもたないさま」、後者は「心になんのわだかまりもなく、気持ちがさっぱりしていること」等と書かれています。
虚心とは、「心に先入観やわだかまりがなく、ありのままを素直に受け入れることのできる心の状態」を言うものです。赤心(せきしん:嘘いつわりのない、ありのままの心)という言葉がありますが、赤ん坊の心は正に虚心そのものではないかと思います。
『大学』では、「明徳を明らかにする…自分の心に生まれ持っている良心を明らかにする」ことが大切だと「経一章」から教えているのです。明というのは、全ての人々が母親の胎内に宿った時から有しているものだと言う人もいます。
本来人間は皆赤心で無欲の中に生まれてきているにも拘らず、段々と自己主張するようになり私利私欲の心が芽生えてき、そして此の明徳が私利私欲の強さに応じて次第に曇らされ、結局は明がなくなって行くということにもなります。
人間誰しもが持っている良心は欲に汚れぬ限り保たれて行くものであり、故に老子は「含徳(がんとく)の厚きは、赤子(せきし)に比す…内なる徳を豊かに備えた人の有様は、赤ん坊に例えられる」と言い、赤心にかえれとしたわけです。
あるいは孟子は、「大人(たいじん)なる者は、其の赤子の心を失わざる者なり…大徳の人と言われるほどの人物は、いつまでも赤子のような純真な心を失わずに持っているものだ」と言っているわけです。
『三国志』の英雄・諸葛孔明は五丈原で陣没する時、息子の瞻(せん)に宛てた手紙の中に「澹泊明志、寧静致遠(たんぱくめいし、ねいせいちえん)」という、遺言としての有名な対句を認(したた)めました。
之は、「私利私欲に溺れることなく淡泊でなければ志を明らかにできない。落ち着いてゆったりした静かな気持ちでいなければ遠大な境地に到達できない」といった意味になります。私利私欲を遠ざけ何事に囚われるのではなくて、齢も無垢な生地の自分というか赤心というものを維持できることが、私は最も美しいと言えるのではないかと思います。




 


Copyright © SBI Holdings, inc. All rights reserved.