北尾吉孝日記

『仮説と検証』

2017年11月13日 17:15

ある経営コンサルタントは嘗て運営されていたサイト「日経Bizアカデミー」で、「コンサルティングファームに所属する経営コンサルタントと、クライアント企業に所属する優秀な社員。(中略)よく訓練されたコンサルタントは、クライアント企業の社員よりもずっと早く、しかもポイントを押さえた戦略を立案することができます。(中略)驚くほど早く戦略を立案できる背景には“仮説思考”という方法論が役立っています」と言われています。
当見解に対して私見を申し上げるならば、先ず経営に限らず何事にもそうですが、良い仮説を立てられる人か否かは、その道にある意味のめり込んでいる人か否かに拠ると思います。常日頃から興味関心を強く持っているが故に、時に直感が働いたり色々な気付きを得たりして、良い仮説立案に繋がって行くわけです(参考:2017年10月20日北尾吉孝日記『閃きを得る』)。
私が思うに、様々な矛盾を内包する複雑霊妙な此の世において、所謂コンサルティングファームの人に有り勝ちな分類や抽出、ある種のこじつけの如き類が、実社会には全くと言って良い程当て嵌まらず役立たないことが如何に多いかは、認識しておかねばなりません。例えば北海道拓殖銀行(1997年11月経営破綻)より始まった一連の破綻劇で、当時潰れた会社はコンサルティングファームの人を結構雇っていたわけですが、結果論から述べれば彼らの戦略は役に立たなかったということです。
私は、仮説と検証から結果を生んで行く人とは、日々どうやって収益を上げるかと既成概念に捉われず必死になって考えて、御客様の反応を常に分析しているような人だと思っています。例えば8年半程前に上梓した拙著『北尾吉孝の経営道場』(企業家ネットワーク)でも御紹介した通り、セブンイレブン創設者の鈴木敏文さんは「欧米人はアイスクリームをよく食べるのに、日本では余り売られていない」という事実に着目され、直ぐに仮説と検証を行いました。
「アイスクリームは日本では売れない」と決めつけず、「売れないのは売り方が悪いからだ」と仮説を立て、アイスクリームの種類を以前より豊富にしたり、アイスクリーム用の大きな売り場を確保する等の検証を繰り返したのです。その結果、セブンイレブンではアイスクリームが爆発的に売れました。鈴木敏文という御方は、人間の心理を考えた細かな物の見方から仮説を立て、正確なデータによって検証して行くという姿勢を何時も徹底されてきた人で、あれ程までにそれを貫く人は稀有な存在だと思っています。
冒頭の引用は4年程前のものですが、今やブロックチェーンやAIあるいはビッグデータやIoT等々革新的な技術が、様々な産業で実用化されるに至っています。例えばビッグデータという観点から言うと、そこにある種のヒントを得ようとコンサルティングファームの類に依頼しても、良い結果が出て来るケースは殆ど無いでしょう。そこにピッと来るのは、命懸けで事業をどうするかと寝ても覚めても考えている経営者、及び一部の「優秀な社員」の方だと思います。ビッグデータをどう集め、どういう視点で分析を加えて行くかが大切だと思います。




 

『伸びる組織の在り方』

2017年11月7日 15:35

ニュースイッチに今年6月、「伸びているベンチャーで必要な人、いてはいけない人」という記事がありました。筆者曰く、ベンチャー企業として「採用すべき順位」は「1―頭が良く、楽観的なヒト/2―頭が悪く、楽観的なヒト/3―頭が悪く、悲観的なヒト/4―頭が良く、悲観的なヒト」とのことでした。
先ず、上記記事では「頭の回転が早い」ことを「頭が良い」とされていますが、何を以て頭が良いとするかは議論の余地があるでしょう。あるいは1位にも2位にも「楽観的なヒト」がランクインしていますが、私は楽観と悲観が共存していなければ会社は上手くは行かないと思います。
何れにしても筆者のコメントは殆どナンセンスだと思われ、ベンチャーであれ何であれ同じような人間を集めた組織体というものは非常に弱いのです。東大法学部ばかりを集めていた旧大蔵省一つを見ても、過去において一体どれだけの問題が露呈してきたかということです。色々な経験や様々な才能を有する種々雑多な人間を集めて多様性を確保することにこそ、会社経営及び組織強化といった点で大きな意味があると思います。
要するに国家や企業の発展を考える場合、トップというのが如何なる賢才を集め、彼らを信用(信じて任せて用いること)し適材適所に配置して、その全ての人達にどんどん活躍して貰わねば、国や会社は決して大きくも強くもならないのです。『論語』の「為政第二の十二」でも「君子は器ならず…君子は単に物を盛るための食器のように一つのことだけに役立つようであってはならない」と孔子が述べている通り、様々な経験をし色々なことに通暁していて適応力が無いと駄目なのです。
中国の古典の中には孟嘗君(もうしょうくん)という食客3000人を養っていたと言われる人物がいますが、彼は誰も拒まず受け入れていたので、彼の周りには、例えば耳が恐ろしく良い人や鶏の鳴き真似が物凄く上手い人等々、多種多様な人材がいました。そして、ある時は耳の良い人が敵が追って来ていることを孟嘗君に知らせ、またある時には鶏の鳴き真似をすることで鶏の声を合図に開かれる関所の門を開けたというように、食客を上手に使うことで何とか難を逃れたというような逸話があります。
天は人間夫々に色々な能力やミッションを与えているわけで、やはり色々な人が集まり、皆で天から与えられたものを上手く活用して行く姿勢がなくてはなりません。そして、様々な意見に耳を傾けつつ凝縮し結論を下す大将は、常に明るい発光体でなければならず、どちらかと言うとネアカが良いでしょう。




 

『運を開く』

2017年11月1日 16:35

日本の宗教家であり参院議員も務められた常岡一郎(1899年-1989年)さんは「運命発展の3つの法」として、①「仕事に全力をしぼる」、②「明るく感心のけいこをする」、③「いやなことでも、心のにごりをすてて喜んで勇みきって引き受ける」、ということを述べておられるようです。
此の運と言いますと直近私も、「運命は変えられる」(アエラドット、2017年10月8日)や『自分の運気を知るためにやる毎朝3回の「ソリティア」』(経済界電子版、2017年9月29日)と題し御話したテーマですが、安岡正篤先生の言を用いれば「心中常に喜神を含むこと」も意外と大事ではないかと認識してきています。安岡先生は、人生を生きる上で大事な3つのことに、「心中常に喜神を含むこと」「心中絶えず感謝の念を含むこと」「常に陰徳を志すこと」として、喜神(…喜ぶ心)を持つことを第一に説かれています。
そして曰く、『われわれの心の働きにはいろいろあって、その最も奥深い本質的な心、これは神に通ずるが故に「神」と申すのであります。人間は如何なる境地にあっても、心の奥底に喜びの心を持たなければならぬ。これを展開しますと、感謝、或は報恩という気持ちになるのでありましょう。心に喜神を含むと、余裕が生まれ、発想が明るくなります。また、学ぶ姿勢ができます』とされています。
ネガティブに物事を捉えてばかりいるのでなく、ポジティブに生きるための方策を何らか持たなければなりません。私は之が、ある意味運を良くすることに繋がると思っています。そして他の2点、「心中絶えず感謝の念を含むこと」及び「常に陰徳を志すこと」を考えるに当たっては過去のブログ、『感謝の出発点~「有り難い」という気持ち~』(2013年11月29日)や『報いを求める心からの脱却』(2013年3月14日)も有用であると思います。御興味のある方は是非読んでみて下さい。
それからもう一つ、「善因善果(ぜんいんぜんか)・悪因悪果(あくいんあっか)」という仏語がありますが、之は良いことをやれば良い結果が生まれ悪いことをやれば悪い結果が生まれるという意味です。但し、良い結果を期待してやるのではなく、上記した陰徳(…陰の徳、誰見ざる聞かざるの中で世に良いと思うことに対して一生懸命に取り組むということ)までとは行かなくとも、当たり前の行為として善行を積み重ねるのです。
尤も、善因善果を期待した行いであっても、陰徳を積むことになっていなくても、「俺は之だけのことをしたんだ!」と言って回る人の行いであったとしても、全ての善き行いはやらないよりは遥かに良いと言えましょう。結果として陰徳を積んだかどうかは別にして、世のため人のためになる何かを大いに為すべきだと私は思っています。
七仏通戒の偈(しちぶつつうかいのげ…過去七仏が共通して受持したといわれる、釈迦の戒めの偈)の内2句「諸悪莫作(しょあくまくさ)・衆善奉行(しゅぜんぶぎょう)」にあるように、仏教において善行を施すことが非常に大事にされています。諸々の悪を為さず諸々の善を行って自らの心を綺麗にしておくことが、幸運を招く上で大事だと思います。




 
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