北尾吉孝日記


14日の日経新聞に出ておりましたが、アメリカのサブプライムローンの焦げ付き問題が欧州市場にも波及するのではないかという懸念から、米欧日でそれぞれの市場への3日間で42兆円の資金供給が行われました。

このサブプライムローン問題ですが、多くの金融機関が何故このような失敗をしたのか理解に苦しみます。
アメリカの歴史を見ると、低金利の中で住宅需要が高まり住宅市況が高騰した後、FRBは段階的に金利を上げています。
そして、そうなると必ずどこかのタイミングでこのサブプライムローンの問題は発生しているのです。
金銭的信用力の低い方々に対する高金利かつ変動金利のローンが返済困難に陥ることはある意味では当然の事であり、私ならFRBが金利を上げだした段階で売却をするでしょう。
ですから、プロフェッショナルを多く擁する金融機関が今まで保有し続けたことが不思議でなりません。

野村HDですら726億円の損失を計上したとのことですし、三菱UFJ銀行については3000億円の投資残高があるそうです。
※ご参考:大手銀行のサブプライム投資残高
・三菱UFJ   3000億円
・みずほFG  500億円
・三井住友FG 1000億円

何故そういう失敗につながるのでしょうか。
結局、目先の短期の高利回りに目が眩んでしまった結果としか考えられません。
私の場合は、このように常識的に考えて問題が起こる可能性があるものには決して手は出しませんが、仮に手を出したとしてもFRBが金利を上げることがわかった時点で売却します。
今回の問題で、このような基本的なことを理解している人間がこの金融の世界においても意外と少ないということを改めて感じたのです。

思い返せば、2000年初頭に当時ファンドが保有していたアメリカのインターネット関連の株を全て売却するように指示をしたことがあります。
あの時売却していなければその後のインターネットバブル崩壊で「ソフトベン2号投資事業組合」(年間投資家利回り20.4%)、「ソフトバンクベンチャーズ匿名組合」(年間投資家利回り20.5%)のような高パフォーマンスは残せなかったでしょう。
当時、アメリカのアナリストが「インターネット関連の株がまだまだ上がる」と言っていましたし、そうしたいわゆるドットコム企業について書かれた証券会社のレポートでは目標価格がさらに引き上げられたりもしていました。
孫さんも「北やん、売るの早すぎるよ」と言っていました(笑)

しかし、周囲の反対を押し切って売ることにしたのです。

これは極めて常識的な判断であったと思います。
なぜなら、当時の株価についてロジカルな点での説明がつかなかったからです。
ロジカルな点での説明ができないというのは、PERで見て買える水準ではなかったとか、利益がまだ出てないのにコンセプトIPOと称して巨額のマーケットキャップがついていたということです。
そんな非常識な状態が続くはずが無いと考えることは至極当然でしょう。

常識を逸脱するような状態になった場合には必ず水準訂正がなされるということは過去の経験則からも明らかなのです。




 

先日、このイートレ長者村の企画でカリスマトレーダーであるcisさんと通称ジェイコム男・BNFさんとお会いし、対談することが出来ました。
両者ともカリスマトレーダーとして勇名を馳せているということで、予てより是非お会いしたいと思っていたため、そういった機会に恵まれたことを大変喜ばしく思います。

cisさんは良く話される方、BNFさんは割と大人しい方という印象を受けましたが、お二人とも共通の悩みは成功したが故にアセットの金額が大きくなりすぎて運用が難しくなったということです。
前にこの日記上で紹介しましたが「屏風と事業は広げれば倒れる」という言葉があります。
個人の運用に関しても同様で、アセットが大きくなり過ぎると限界や壁に当たるということを改めて認識しました。
やはり個人で運用出来る資産の規模は最大でも200億円程度ではないかと思います。

また、お二人に共通するポートフォリオマネージャーとしての資質を感じました。
以前より、海外で出会った優秀なポートフォリオマネージャー達に共通すると資質というものを漠然と感じていたのですが、このお二人もそういった共通の資質があるように感じたのです。
具体的にはどういう資質かと言いますと、
1.粘着質であること
2.集中力があること
3.思い切りが良いこと
4.欲が深すぎないこと
あまり欲をかき過ぎると欲に溺れて失敗するもので、これらの点がこの方々に共通する資質ではないかと感じています。
そして、お二人が共通して持つポートフォリオマネージャー達とも異なるもう一つの資質は、自分独りでやっていこうとするその姿勢です。
こういった方々は、孤独を愛するという訳ではないですが、部下を使って何かやるという時の煩わしさを避け、全て自分でやってしまうのです。
一方、私自身の場合は、煩わしい事を自ら増やしていくタイプであるため、個人投資家としてやっていくことは難しいと思います(笑)。

個人で運用できる資産は200億円程度が限界ではないかと申し上げましたが、お二人には是非ともその限界を破って、これからも大いにご活躍していただきたいと思います。




出処進退と部下の処罰

2007年8月10日 16:21

先日の参議院選挙の顛末を見て、安倍首相が選挙を通じて国民の厳しい審判が下ったにもかかわらず、自分の責任は職責を全うすることだとして、現職に留まっていることに意外感を持ちました。
また、選挙が終わってから赤城農相の首を切ったのも、どうせやるなら何ゆえ選挙前に切らなかったのか不思議でした。
安倍首相の行動を見ながら私は出処進退の大切さと部下のあり方について考えさせられました。

人生最大の出処進退は、まさに人間の人生を終える瞬間です。
中国の宋の時代に朱新中が「人生に五計あり」という言葉を残しましたが、その五計の一つに死計という言葉があります。
如何に死すべきか、これをとことん考えるということです。松下幸之助さんは立派な死を迎えただけでなく、大きな置き土産を残してくれました。
松下電器産業という大企業を残し、多くの雇用を生みだし、日本の国益に様々なことで貢献し、そして、松下さんの思想は今なお脈々と生きているのです。
すばらしい生き様だった、そして死に様だったとも思います。

人生の最大の、臨終の出処進退とまで言わずとも、通常出処進退と言うと、職を辞するという場面で使いますね。出処進退がすばらしいと評価される人はどういう人でしょうか。
平生から多くの人と協調しながら、一つの目的に向かって一生懸命仕事をしてきた人が職を辞するとき、そういう人は皆から惜しまれつつ、そしてまた新しいところでも活躍を期待されるでしょう。
そういう人達の出処進退こそ評価されるのです。
平生の心掛けが、出処進退の局面でその人の態度や行動に全て現れるものだと思います。
したがって、出処進退の局面に至った時だけ、周りから良い評価を受けようとしても無理なのです。
だからこそ平生が大事なのだと思います。

もう一つは十八史略にある有名な言葉、「泣いて馬謖を斬る」という言葉です。
これは諸葛孔明とその部下である馬謖の話ですね。
街亭の戦いで、馬謖は諸葛孔明の指示を守らなかった結果大敗を喫した。
そして軍規違反を犯した馬謖の首を諸葛孔明は切りましたが、その時彼は「蜀の法が首を切るのであって、私が首を切るわけではない。」と言ったのです。
彼は蜀という国を法治国家にしようと考えていた人間なのです。

そして、それで終わらないところが今日までこのエピソードが語り継がれる所以であり、諸葛孔明の偉大なところです。彼はこの馬謖の遺族を慰め、また以後も遺族の生活の面倒を見ます。さらに孔明自身が責任をとって丞相から降格したのです。
まさに素晴らしい生き方だと思います。
長たるものが部下に対して、単に愛情だけでは駄目だということです。

出処進退、そして部下の処遇の両方を間違った安倍政権が今後どうなるのか、そういったことを見ながら今後の自分のあり方に活かしていこうと思います。




 


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