北尾吉孝日記

中国経済の今後について

2007年5月28日 9:50

中国は経常黒字が大きくなりすぎて外貨が溜まりすぎており、いくつかの対策を講じています。しかし、どれも小手先だけの対策であると言えます。
例えば中国優良企業による外国製品の集団買い付けとか、外国株投資規制を一段と規制緩和するという形で中国人が外国株に投資することを解禁する、といった対策ですね。
中国政府は、これだけ溜まった外貨を外国で消費するようにすることで減らそうとしていますが、本質的には為替レートを変更する以外にこの溜まった外貨を大きく減らす方法はないと思います。

かつて日本は1ドル=360円からスミソニアン体制で1ドル=308円にしました。
円は16.8%の切り上げになったのです。
中国も日本と同じような状況をそう遠くない将来に辿らないといけないという局面に入ってきたと言えるのではないでしょうか。
現在中国政府は、内陸部分と沿岸部分の格差を是正する前に為替レートを変更することは中国にとって政治的に危ういということを盛んにPRすることによって、中国元の切り上げを遅くしようとしている一方で、小手先の対策を講じております。
しかし、中国元が切り上げられるまで、そんなに時間がかからないだろうと僕は考えています。
少なくとも日本がスミソニアン体制の下で切り上げたぐらいの割合での中国元切り上げは、そう遠くない将来に期待できるのではないかと思っているのです。
したがって、僕自身は中国元にスライドするような中国の債券を、金利はそれ程高くないのですが、買っております。

また、SBIなどのようなベンチャーキャピタルが、法人を通じて中国株を中国国内で買うと、中国から外に持ち出すことができません。
しかし、中国国内で購入した株が自由に海外に持ち出せるようになるのも時間の問題であると思いますので、持ち出したい場合はそのタイミングまで待てば良いのです。
清華大学と共同でつくるファンドでは中国国内で投資し、そこでの儲けを中国国内に再投資するということを積極的に続けます。
その方法こそが、将来的な元高を考えた場合に株価から得られるキャピタルゲインと為替から得られるキャピタルゲインの2種類のキャピタルゲインによって、中国株投資の成果を最大化できる方法だと考えています。




 

2006年の中国の経常黒字が約30兆円になり、日本の経常黒字を10兆円上回る状況になりました。
この中国の経常黒字は前年度比55.4%の伸びです。
日本の経常黒字も約20兆円弱ですが、これも過去最高の数字です。
中国が「世界の工場」といわれてだいぶ久しいのですが、この経常黒字の世界一は改めて中国が「世界の工場」であることを象徴するニュースではないでしょうか。
この状況は当面揺るがないと僕は思っています。

日本は約20兆円の経常黒字ですがこの原因を考えると、例えば生産拠点を中国に作るということで、それによる配当収入が増えたということがあります。
あるいは日本の投資家がソブリンを中心に相当多くの海外の債券を買っているということもあり、これが10兆円を越えています。
こういった海外投資による所得収支が2006年で13兆7,457億円と4年連続で増えてきているということで、日本はものづくりの時代、ものづくりをやることによってそこから経常黒字を大幅に黒字化して外貨を大量に獲得する、という時代を終えて金融収益を稼ぐという状況になっており、こちらも象徴的です。

僕は金融立国ということを昔から標榜しているのですが、日本人は戦後から現在に至るまでの間に1,500兆円を越える個人金融資産を持つに至りました。
そして今後はそういう資産を使って海外に投資し、海外からの金融収益を稼いでいくという時代になっていきます。
事業会社は生産拠点を海外に作り、そこで生産・販売するということから事業所得を得て、そしてそれが配当という形で日本に還元されるのです。
そういう意味で日本はまさに金融立国の道を歩んでいると言えるのです。




 

創業時の熱き夢

2007年5月21日 19:14

先日「創業時の熱き夢を語ってほしい」、というメッセージ何通かをいただきましたので書かせていただこうと思います。

ご存知の事かと思いますが、99年の4月孫さんから幾許かの資本金をいただいて(いただいた金額は10倍以上にしてソフトバンクに、孫さんにお返ししました)、ファイナンス事業をインターネットでやろうということでこのグループを作りました。

99年の4月というのは、まだまだインターネットの世界が日本において十分に進展を見せていない状況でした。
そして、2000年にアメリカでインターネットバブルの崩壊が起こり、日本のインターネットの会社(インターネットの会社と呼べるものも極めて少ない状況だったのですが)も大きな痛手を被ったのです。
今から考えると本当に厳しい時期でしたね(笑)

そういった厳しい時期に僕は三つの確信を持ち、それだけを信じて挑戦をしたのです。
この三つの確信、それはインターネットの日本における将来性、それも10年20年という長期的な視野ではなく特に日本においては数年内に非常に大きく伸びるだろうという確信と、インターネットと金融の親和性についての確信、そして最後の一つが企業生態系という複雑系の科学から考え出したこの組織体が正しいという確信です。
今振り返ってみても、この三つの確信に関して僕は一点の曇りもありませんでした。
それは完全に僕の信念として、絶対に正しいと何事も疑わなかったのです。
インターネットバブルが崩壊し、ドットコム企業なんてもう終わりだと言われても全く疑いませんでした。

そして僕を支えてくれたもの、これも三つありました。
一つは僕の信念、もう一つは8年前ということもあって年齢的にも体力・知力ともに非常に充実していたということです。
したがって信念を貫き通す体力も知力もあったのです。
もっとも、知力に関しては当時から現在までの8年間の勉強と経験の分だけ、今の方が勝っているかもしれませんね(笑)
そして最後の一つは僕を信じて、僕と同じ志を持って同じ道を歩んでくれた仲間たち、僕は彼らを「同志たち」と呼んでいるのですが、彼らの存在です。

この同志たちには、会社の中枢部にいて今も僕を支えてくれる人間や、あるいはすでに会社を卒業した人間もいます。
しかし、元々勤めていた会社を辞めて「志」のためにその力を発揮してくれた同志たちとの結び付きは、今でも強いものであると思います。
そのような強い同志的結合も今日の成功をもたらした大きな要因なのです。

今、僕は第二の創業期として従業員に激を飛ばして大きな挑戦に挑んでいますが、この挑戦の一つが金融生態系の完成、すなわち銀行・損保・生保の開業です。

そしてもう一つの大きな挑戦は日本の産業のクリエイターから世界の産業のクリエイターになることです。
世界への進出、とりわけ中国、タイ、インド、そしてマレーシアといった国々へ進出し、SBIグループ全体の収益の3分の1を海外からあげることが目標です。

そして三つめですが、SBI証券とSBIイー・トレード証券を合併し、ネット証券での戦いを終えて日本における証券界の雄を目指す時が来たのです。

随分長くなりましたが(笑)、
僕は創業時と変わらぬ熱意をもって、今日も挑んでいこうと思っているのです。




 


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