北尾吉孝日記

『人を説得する』

2017年8月22日 12:25

話し方ということでネット検索してみますと、『「話がわかりやすい」人は一体何が違うのか』(東洋経済オンライン、17年02月21日)といった類の、分かり易さに関する記事も数多く見られます。
本テーマで私見を申し上げれば、分かり易い話し方とは簡単な言葉で自分の言いたい事柄を上手く説明出来ることだと思います。自分が良く分かったことは噛み砕いて人に説明出来るようになりますから、他人が分かりにくいということなら、自分が本当に分かっていないのではないでしょうか。
物事には順序というものがあって、何事でも起承転結と言いますが、此の結を先に持ってきても構わないと思います。そして順を追ってその理由をロジカルに説明出来る状況が、望ましいのではないかと思います。
例えばプレゼンテーションの流れ一つを見ても、此の起承転結の流れを作って行ける人が意外と少ないことに私は何時も驚きます。では何故そのように少ないのかと言いますと、人を説得するトレーニングが不十分だからだと思います。
概して、多くの人は自分の言いたいことは考えるものの、どう言ったら他者が納得してくれるかと考えることに疎かです。人に分かって貰おうと思うならば、やはりそのこと自体を真剣に考えなければなりません。
自分が描くビジョンを達成するには、様々な人を説得したり、色々な人に納得して貰う必要性が出てきましょう。従って、その辺りのトレーニングを積んで行くことが非常に重要になるのです。
例えば私は野村證券時代、米国の海外投資家に日本株を売るといった時に、そのポートフォリオマネジャーの興味関心や運用哲学、運用方針等々と、敵を知り敵の興味を引くことを先ず大事にしたものです。
何故なら相手が関心を示さぬ話を幾ら続けてみても、時間の無駄に終わることが殆どだからです。だから私は第一に、相手のことを調べ上げたのです。そしてその上で今度はそれに合わせて説得すべき事柄、あるいは説得の仕方等々を考えたというわけです。
孫子』に「彼を知り己を知れば百戦危うからず」とあるように、相手がいる以上やはり相手を考慮せずに何事をやるわけには行きません。之も人に納得して貰ったり、分かって貰うために一つ重要なポイントだと思います。




 

『人生は自分探しの旅』

2017年8月16日 15:00

松下幸之助さんの御著書『道をひらく』三部作の完結編、『思うまま』の中の一篇に「喜んで聞く」というのがあります。松下さん曰く「自分の欠点というものは、自分では気がつきにくいし、また気がついても進んでそれを改めることはなかなかむずかしい。しかし、他人から何べんも指摘され注意されるならば、その欠点に気づくし、それがだんだんと直ってくるのではないだろうか」ということです。
要は自分自身は、分かっているようで中々分からないものであり、自分自身を知ることは古代より人類共通のテーマになるのです。だからソクラテスは「汝自身を知れ」と言い、ゲーテは「人生は自分探しの旅だ」と言っています。あるいは真の自分自身を知ることを、儒教の世界では「自得」と言い、仏教の世界では「見性(けんしょう)」と言います。心の奥深くに潜む本当の自分自身、己を知るのは極めて難しいことなのです。
従って、自分のことは自分では中々知り得ないのですから、時に人から教えて貰わなければなりません。他人の指摘により、はっと気付かされることは意外に多くあるものです。此の世の中、自分のことはさて置いて人の粗捜しは上手い人は数多いるわけですが、彼等は上記した意味で貴重な存在だと私は思っています。彼等の言より「なるほど~」と気付いた点につき、己を改めるべきはどんどん改めて行けば良いでしょう。
天は我に、如何なる才や特質を与えて、如何なる使命を果たさせるべく、此の世に遣わしたのか?此の質問に答えるために、他人のダイレクトな指摘が役立つのです。但し、松下さんも言われる通り「もし、欠点を指摘されて腹を立てたり不機嫌(ふきげん)になったりするならば、人は陰で言うだけで、本人には直接注意してはくれないようになる」でしょう。
従って、誰かに何かをチクリと刺されても、怒るのでなく素直に聞き入れ自省する、といった姿勢が大事だと思います。そして、その指摘が全くナンセンスなものであったらば「これこれかくかくしかじかだから、之は完全に的外れだなぁ」と内心思って置けば良いのです。そうして自分を良き方向に築いて行けば良いのです。




 

「最強2位が考える1位との差 大学スポーツの将が語る」(17年02月24日)という記事の中で、東海大学ラグビー部の木村季由(ひでゆき)監督は「帝京大に勝てなかった理由」を問われて、「強みを磨いて武器を作り、相手の強みを消すのが鉄則だと考えています(中略)。一つを使えなくしても、違う引き出しでゲームを組み立てていく強さやバランスの良さは1枚も2枚も上でした」と答えられていました。
先ず、何事によらず未来永劫1位と2位が変わらないということはあり得ません。これまでの1位が消え去るとか2位が1位になるとか、或いはどちらも消え去るといった具合に様々な状況が生じますから、私は「1位かくあり」と一概には言えないと思っています。
また、「勝負は時の運」という部分もあるかもしれません。状況をよく見つつ代替案に移行出来る柔軟性が、常に求められます。『易経』にあるように、「窮すれば即ち変ず、変ずれば即ち通ず」です。そういう意味では、上記した「違う引き出しでゲームを組み立てていく強さやバランスの良さ」は、非常に大事になると思います。
また、勝負というものには相性の善し悪しがあります。それは実力差は然程ないものの、何となく何時も負けているようなケースを言うものです。他方、相手との力に大きな開きがある場合、チームの構成員夫々が持っているパワーに違いがあるケースが殆どです。
そして、その優秀な個々人が纏まって作り上げて行くチームがチームとして同じベクトルに向かう時、1位を持続出来たりするようになるのだろうと思います。それは例えば勝ち方についても、誰しもが「ああしたら良い」「こうすべきでは」と議論するわけでなく、監督が判断し、その命令一下直ちに皆夫々の持ち場でベストを尽くして遣り切れるということです。
最後に、個々人のパワーの違いと共に重要な問題は、監督がメンバーを適切な持ち場に配置できているか否かです。『論語』の中にも「其の人を使うに及(およ)びては、之を器(うつわ)にす…上手に能力を引き出して、適材適所で使う」(子路第十三の二十五)という孔子の言葉があります。チームとして全体を上手く持って行くべく適材適所に努めねば、何事によらず中々勝ち続けることは出来ないでしょう。




 
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