北尾吉孝日記

『日本の病巣』

2017年6月9日 18:50

今国会中テレビや新聞を見ていると、安倍政権は「森友学園問題」に始まり「加計学園問題」に至るまで毎日のように突っ込まれて大変なようですが、両問題に対する追及も何ら核心を突くようなものでなく、野党及び報道各社は「よくもまぁこんな仕様もない突っ込みを何時までも続けているなぁ…」というふうに小生は見ています。そして此の詰まらぬ劇場に登壇してくる主人公あるいは役者を務めるのは、文部科学省の前事務次官・前川喜平氏を筆頭に実に詰まらぬ面々だと思います。
先日の報道で此の前川という人は座右の銘が何かと聞かれ、「面従腹背:めんじゅうふくはい…表面では服従するように見せかけて、内心では反抗すること」と言い放っていました。YouTubeでも『前川の乱:座右の銘は「面従腹背」』が閲覧できますが、こういう下らぬ男が文部科学事務次官として日本教育の根幹部分を司っていたわけで、私は「これなら日本の教育は良くならなかったはずだ」と痛感した次第です。
昨今「いじめとの関連が疑われる生徒の自殺について、教育委員会や教委が設けた第三者機関の調査に遺族が不信を抱き、再調査やメンバー交代などを求める」ケースが相次いでいます。例えば茨城県「取手市中3いじめ自殺」(15年11月)を巡り同市教委は、16年3月より「いじめの事実は認められない」としてきました。ところが先月末、文科省から指導を受けて直ぐ様に「いじめがあったことは認めざるを得ない」と、その判断を一変させたのです。
また「いじめはなかったという当初の判断で作られた第三者委員会」の人選自体にも勿論重大な過ちがあったと言えましょうが、同時に此の明らかないじめをいじめと認められなかった当委員会のメンバーに対して憤りを禁じ得ません。これら取手市教育委員会(教育長・矢作進氏)を中心とした御粗末のオンパレードにつき、「なるほど。面従腹背を座右の銘とする前川氏が文科省の事務次官をやってたら、そりゃあそうなるわなぁ」と妙に納得した位です。
例えば『書経』の「皋陶謨(こうようぼ)」にも、「予(よ)汝の弼(たすけ)に違(たが)へば、汝面従して、退きて後言有ること無かれ。つつしめよ四鄰(しりん)」とあります。之は「伝説上の五帝、最後の聖王舜(しゅん)が禹(う:次の王朝、夏の初代)を戒めていった言葉」で、「面従後言:めんじゅうこうげん…面と向かっては、こびへつらって従い、裏に回っては悪口を言うこと」では駄目だと教え授けています。
このように為政者最大の基本道徳として様々な中国古典で、「面従腹背するような人間に絶対になってはならない」と言われているにも拘らず、それが座右の銘である人が「文教行政のトップとして、子供たちに学問の意義や人の道を教える立場だった」のですから開いた口が塞がりません。菅義偉官房長官も2週間前「さすがに強い違和感を覚えた」と述べておられた通り、「女性の貧困問題の調査のために、いわゆる出会い系バーに出入りし、かつ女性に小遣いを渡してい」たなどは論外ですが、それ以前の問題としてそうした事柄を滔々と述べるような人を「教育行政の最高の責任者」に据えていたこと自体、政府与党も深く反省すべきだと思います。
先月28日、首相在任期間で戦後歴代3位となった安倍晋三首相を私は非常に高く評価しておりますが、唯一つ問題だと捉えているのは一国の将来の舵取りを担う極めて大事な大臣人事の在り方です(参考:2014年10月23日北尾吉孝日記『小渕・松島両氏辞任に思う』)。脳梗塞を3度患いその後遺症がある金田勝年法務大臣は言うに及ばず、米国からも全くゼロ評価の稲田朋美防衛大臣等と、各所でナンセンスな人選が見受けられます。彼らがため色々な問題が生じたり長引いたり擦った揉んだすることになるのは、総理ご自身の責任であるわけですから今後尚一層気を付けて行かなければならないでしょう。
何れにせよ冒頭挙げた「森友学園問題」も「加計学園問題」も、国会での貴重な審議時間を浪費し続ける程大した話ではありません。しかし野党は両問題につき執拗に問題視し続けて、国会議員として取り上げるべきより大きな問題に対する審議を等閑に付してきたのです。当ブログで3ヶ月前にも指摘した通り国会という大事な場では、これから憲法・防衛・外交をどうして行くのか、これからの経済・財政・税制をどうするのか等々、日本の将来を左右する沢山の重要事項で以て本来もっと多くの時間を費やさねばならないのです。未だ「二重国籍問題」を抱える野党第一党の民進党代表の蓮舫氏がその全てを告白し禊を済ませぬ限り、その「うさん臭さ」は拭い切れず安倍政権を批判すればする程野党がどれだけ御粗末かを表明しているに過ぎません。




 

『精神的に強い人』

2017年6月5日 16:05

『論語』の「先進第十一の十」に、「顔淵(がんえん)死す。子これを哭(こく)して慟(どう)す。従者の曰く、子慟せり。曰く、慟すること有るか。夫(か)の人の為に慟するに非(あら)ずして、誰が為にかせん」とあります。
之は、『顔回が死んだ時、孔子は悲嘆のあまり慟哭され、連れ添った門人たちが言った。「先生は大変な悲しまれようでした」。孔子は言われた。「私はそんなに悲しんだかね?あのような人間の死を悲しまないで、誰のために悲しむと言うのだ?」』という章句です。
上記より、孔子は精神的に弱い人かと言うと、そうではありません。人間として当然持つべき感情の吐露は、寧ろメンタリーに健全な状況だと思います。そしてまた、泣くべき時に泣かないでいることは、メンタリーに強いということも意味しません。
その人が精神的に強いか弱いかの判断は、通常の状況下で本来出来るものではないと思います。それは、想像を絶するような事象が起こった時に、正に「弁慶少しも騒がず慌てず」ということが出来るか否かに拠りましょう。
当ブログでは嘗て『論語』や『呻吟語』あるいは『呂氏春秋』といった書物から様々な人物判定の方法を御紹介しましたが、つまりは「恒心…常に定まったぶれない正しい心」がどうかの一点こそが急所であると思います。
此の恒心というのは「言うは易く行うは難し」で極めて難しいことですが、その実現を図るに私は取り分け次の三点が重要だと考えています(参考:2012年10月12日北尾吉孝日記『知情意をバランスする』)。
第一に、人生におけるあらゆる辛酸を嘗め尽くすとまでは行かなくとも、「世の中には自分以上に苦しんでいる人が沢山いる。自分の存在は寧ろ有り難い」というふうに思えるよう、兎に角色々な経験を積むことです。
第二に、中国清朝末期の偉大な軍人、政治家で太平天国の乱を鎮圧した曾国藩が言う「四耐四不」、即ち「冷に耐え、苦に耐え、煩に耐え、閑に耐え、激せず、躁(さわ)がず、競わず、随(したが)わず、もって大事を成すべし」という言葉の実践に向けての日々の努力です。
第三に、「学」というものであり、荀子も言うように憂えて心が衰えないようにするため、世の中の複雑微妙な因果の法則を悟って惑わないようにするため、しっかりと人間学を修めねばならないことです。
恒の心というのはこれら合わさって達成されて行くわけで、「精神的に強い人が決してしない10のことを学べば、あなたも自分の精神力を高めることができる」とか、『「精神的に強い成功者にみられる10の習慣」を意識して、つらいできごとにも負けないメンタルを身につけ』るとか、といった類のネット記事は余りにも浅薄です。
もっと言うと、先ずは四耐四不で艱難辛苦を様々克服して行く中で精神的タフネスを如何に養うか、ということに尽きるのです。いま苦しいのは、「人間成長のためだ」「天が与えたもうた試練だ」と思って、之を頑張り抜くのです。




 

『AIIB参加の条件』

2017年5月17日 18:30

今月7日閉幕した「第50回アジア開発銀行(ADB:Asian Development Bank)年次総会」(横浜開催)でも「中国が主導するアジアインフラ投資銀行(AIIB:Asian Infrastructure Investment Bank)と(日米が主導する)ADBの関係に注目が集まった」ようですが、昨今AIIB「参加論が安倍政権内で再び浮上している」と報じられています。
本件菅義偉官房長官も昨日言われていた通り、事の是非は要するに運用の問題だと思います。アジアのため此の運用が公平公正である限りにおいては、中国が音頭を取ってやろうが日本や米国が音頭を取ってやろうが、余り大きな違いはないでしょう。
他方『AIIBには、中国の習近平国家主席が提唱する「一帯一路」構想を金融面で支援するという、もう一つの顔がある』とされています。日本の拠出金が一帯一路の実現といった中国の便益のためだけに使われるのならば、参加すべきではないと思います。
従って、AIIBの運営体制における十分な審査機能やチェック機能、取り分け意思決定に際しての透明性・公平性・妥当性の担保は、極めて重要な問題です。その点、1966年の設立より「歴史のなかで築いてきた信頼と条件」を有するADBとAIIB(2015年12月設立)を比べるに、その実績・評価等の類には言うまでもなく雲泥の差がありましょう。
然も夫々の投票権シェアということでは、ADBが「①日本:12.8%、②米国:12.8%、③中国:5.5%、④インド:5.4%、⑤オーストラリア:4.9%」であるのに対し、AIIBは「①中国:28.8%、②インド:8.3%、③ロシア:6.6%、④韓国:3.9%、⑤オーストラリア:3.8%」と中国が突出した支配権を握っています。
そういう意味では、仮に日米がAIIBへの参加を決めるとすれば、最大の資金拠出国は恐らく両国になろうと思いますから、参加条件の一つに中国の投票権シェアをADB並に下げ、日米中で同程度に持って行くことが重要でしょう。
そうした比率の適正化により初めて高水準のガバナンスが実現され公平公正な運用になって行くわけで、それが出来ない場合は日米主導(ADB)・中国主導(AIIB)という中で各々が違いを際立たせ共に存立して行く形を模索すべきでしょう。
そして別途ADBがAIIBのプロジェクト毎に、真に「アジア・太平洋地域における経済成長及び経済協力を助長し、開発途上加盟国・地域の経済発展に貢献することを目的とした」ものであるかを選別し、個々別々にADBの融資基準で応ずる程度を判断して行くということではないでしょうか。




 
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