北尾吉孝日記


先日「第1次安倍内閣で官房長官などを務めた自民党の塩崎恭久氏が、次の衆議院選挙には立候補しない考えを表明」されました。塩崎さん曰く、「これまで支えて頂いた大勢の皆様へのご恩を忘れず、今後は立場は変わりますが、引き続き地域の皆さんと一緒に社会や国のために汗をかいて役割をはたしていきたい」ということです。
私自身、塩崎さんに何度か御会いし直接話したことがありますが、非常に能力の高い方だと思います。安倍さんとも非常に親しかったように聞いています。官房長官という仕事は中々難しく頑固一徹でも駄目で、ある種の柔軟性も必要な部分もあるのですが、06年9月からの1年間それなりに熟されていた印象を持っています。同時にまた彼には頑として考えを変えない所があると思われて、「フレキシビリティが若干欠けるかなぁ」といった印象も持っています。
塩崎さんは14年9月からの3年間、厚生労働大臣を務められたわけですが、例えば「健康増進法改正」を巡っては擦った揉んだした挙句、在任中改正案の国会提出には至りませんでした。此の辺りWikipediaには、「改正案の内容を巡り自民党たばこ議員連盟を中心とした規制反対派と対立する形となりながらも、科学的に証明をされている受動喫煙の被害をなくしていくという観念から、建物内原則禁煙の立場を譲らなかった」、等々と書かれています。
当該改正に関しては勿論その時点で何等か通しておいてくれた方が良かったようにも思いますが、しかし政治家というのはある面そういう柔軟性に欠ける所がある方が良い部分もあるのかもしれません。
6年程前になりますが、私は『節操がある人、節操がない人』と題したブログの中で、次のように述べたことがあります――節操とは、自らを貫く信条・信念と言って良いでしょう。自分の主義主張や立場を何時も明確にし、何が起ころうとそれを守り抜く態度です。節操のない人は、周囲の状況や意見に簡単に流されて、首尾一貫した態度が欠落して行きますから、何時まで経っても的確な判断は出来ませんし、周囲から信頼されることもありません。
塩崎さんというのは上記例一つを見ても、如何なる環境になろうとも己が一たび正しいと信じた道を貫き通した、正に節操のある人間と言えましょう。少しの変化にさえ狼狽し余りに右往左往して一貫性が無い政治家よりも、柔軟性に欠ける面はあるものの一本筋の通った信念を持っている政治家を私は評価します。
いみじくも対照的には一昨日、立憲民主党「枝野幸男代表の意向」を背景に『消費減税、あくまで「目標」 失敗踏まえ、実現性重視―立民公約』という記事がありました。ここに、当記事に対する中央大学法科大学院教授・弁護士の野村修也さんのコメントを御紹介しておきます――あっちに配慮、こっちに配慮。やるのかやらないのか、全部が玉虫色。誰からも嫌われたくない八方美人な政党は、結局すべての人の期待を裏切り、誰からも信頼を得られなくなる。A friend to all is a friend to none.(みんなの友はだれの友でもない)
明治・大正・昭和・平成と生き抜いた知の巨人である森信三先生も述べておられるように、「いざ出処進退の問題となると、平生見えなかったその人の真価がむき出しになってくるのです。出処進退における醜さは、その人の平素の勤めぶりまで汚すことになるので、出処進退が正しく見事であるということは、その人の平生の態度が清く正しくなければできないこと」であります。
70歳を区切りにすぱっと引退をされ後進に道を譲る塩崎さんというのは、例えば自民党衆議院議員の平将明さんや柴山昌彦さんにも師として仰がれ惜しまれておられるようです。此の出処進退である面人品(人としての品格)が判断されるわけですが、政治家・塩崎恭久は実に「功成り名遂げて身退くは天の道なり」(『老子』)を地で行くような所があるのかもしれません。
確固たる信念の下その重責を果たされてきた塩崎さんには、これから後また彼に相応しい仕事が待ち受けていることでしょう。一先ずは28年間、本当に御苦労様でした。新天地での御活躍を心より期待致します。




 

『先後を知れば道に近し』

2021年6月17日 17:05

今年2月、「人間力・仕事力を高めるWEB chichi」に『没後120年に学ぶ「独立自尊」の精神——福澤諭吉・リアリストの実像』と題された記事がありました。その中の『物事の優先順位、「事の軽重」を怜悧に見極める』で、『時事小言』(1881年出版)「緒言」より次の福澤の言葉が引用されています。
――俚話に、青螺が殻中に収縮して愉快安堵なりと思い、その安心の最中に忽ち殻外の喧嘩異常なるを聞き、窃かに頭を伸ばして四方を窺えば、豈計らんや身は既にその殻と共に魚市の俎上に在りと云うことあり。国は人民の殻なり。その維持保護を忘却して可ならんや。
拓殖大学顧問・渡辺利夫氏に拠れば、之は「国家とは生身の青螺の殻のようなものであり、殻が外敵に壊されてしまえば、そもそも国民の生命や財産の守護などできない。近年の厳しい国際情勢の中で、その現実を直視することなく、民権と国会開設について騒いでいるだけでは国家の存立自体が危うい。青螺の比喩を巧みに用いて、そう福澤は警鐘を鳴らしている」とのことです。
此の「事の軽重」に関しては、例えば『大学』の「経一章」に、「物に本末あり、事に終始あり。先後する所を知れば、則ち道に近し…物事には、根本と末節があり、始めと終わりがある。何が根本で何から始めるべきか、そのことをよく心得てかかれば、成果も大いに上がるであろう」とあります。
人間、どうでも良い事柄に対し一生懸命になった結果として、人との不和が生じたりもします。ですから我々は日々、仕様もない事柄で人と争わない為にも、それが物事の枝葉末節かどうかを的確に判断して行かねばなりません。そしてその為には物事の根本は何かというふうに、常日頃より考え方のトレーニングをし続けなければいけません。
「兎角人間というものは手っ取り早く安易にということが先に立って、その為に目先にとらえられたり一面からしか判断しなかったり或は枝葉末節にこだわったりというようなことで物事の本質を見失いがちであります。これでは本当の結論は出てきません」とは、安岡正篤先生のです。
私が私淑する先生の言葉を借りて言えば、「思考の三原則…枝葉末節ではなく根本を見る/中長期的な視点を持つ/多面的に見る」に則って物事を考える等、常に自ら様々を心得て勉強し続けて行く中で初めて、「事の軽重」といったものが朧気ながら分かってくるのだと思います。
物事の本質を見極めることは、一朝一夕には出来ません。根本的には上記3つの側面に拠って物事を捉えるべく、きちんとした思考習慣を自分自身のものにして行かねばなりません。そしてそれを身に付けた上に「先後を知れば道に近し」となるのだろうと思います。自分が始終努力し続けなければその道には到底到達できないのです。
先述の「経一章」でも言及されている通り、「終わり」だけでなく「始め」というものも大事であります。「有終の美」という言葉は一般的には「最後」や「結果」に重きが置かれているように思いますが、『易経』風に言うと『「終わりあり(有終)」とは初志を変えず、一貫して物事を成し遂げ、終わりを全うすること』というように「始め」もあれば「終わり」もあるとして、要するに「変わらない」といった意味になります。
「始め」とは「発心」「決心」の世界であり、一旦決心した事柄を「相続心」を持って最後までやり遂げることが非常に重要です。そしてその為には自分の本質というものを自分自身できちっと知り、「恒心…常に定まったぶれない正しい心」を保つということが肝要です。




 

『自由というもの』

2021年6月10日 16:40

が環境を作るか、環境が人を作るかということがよく問題にされるが、確かに人が環境を作る。しかし環境が又人を作る。と境とは相俟って自由自在に変化してゆく。境が人を作るということに捉われてしまえば、人間は単なる物、機械になってしまう。自主性・主体性・自由というものは何もない。」
上記は嘗て「今日の安岡正篤(210)」としてTwitterで御紹介した安岡先生の言葉です。また先生は続けられて次のように言われています「は境を作るからして、そこに人間の人間たるゆえんがある、自由というものがある。即ち主体性・創造性というものがある。だから人物が偉大であればあるほど、立派な境を作る。人間が出来ないというと境に支配される。」
私は、自由こそが此の人類社会に進歩を齎してきたものだと捉えています。自由が阻害されて行くと畢竟(ひっきょう)、一部の権力階級に全てが牛耳られ、そこに進歩は無くなります。例えば第二次大戦後、米ソ対立下で東のブロックに入っていた国々には、正に自由というものが無かったわけです。
私は、未だ東西ドイツに垣根がある時代から何度か東ベルリンを訪れた記憶がありますが、印象として残っているのは町全体が異臭を放っていたことです。それは戦前から使用されていた下水道がそのまま使われ、社会インフラが全く整備されていないことに起因していました。当時全くの退歩以外の何ものでもないと感じられ、私の慶應義塾大学経済学部の恩師・気賀健三博士が、「共産主義とは資本主義から資本主義に至る苦難の歴史である」と話されていたのを思い出した瞬間でした。
また英国ケンブリッジ大学留学時、私は北イタリアから共産圏のユーゴスラビアに車で入国したこともありますが、高速道路からデコボコの土の道路になり、コンクリートの電柱から曲がった木材の電柱になる等、光景が一変したことを鮮明に覚えています。車中から見える人々の顔にも明るさが無いように感じられて、自由が抑圧されると此の様な有り様になるのかと思いました。
レーニンやスターリンあるいはトロツキー達は、革命によってソビエトを創りましたが、その結果世の中は寧ろ退歩し悪くなりました。例えば、所謂「神秘主義…人智の及ばない事物が存在するという考え」に基づき共産主義思想を宗教として分析し批判したニコライ・ベルジャーエフ(1874年-1948年)というロシアの哲学者がいます。彼は、人間の「精神的発達」と「個」の確立を社会的進歩の概念と接合し、進歩を可能にする根元は、「人間的個の内的な精神的創造としての自由」だとしました。従って革命だけでは新しい世界、進歩した世界には至らないわけです。
古代中国の有名な兵法書『六韜(りくとう)』に、「天下は一人(いちにん)の天下にあらず乃(すなわ)ち天下の天下なり」(文師)という言葉があります。安岡先生が言われている通り、「人と境とは相俟って自由自在に変化してゆく。(中略)人は境を作るからして、そこに人間の人間たるゆえんがある、自由というものがある。即ち主体性・創造性というものがある」のです。自由というものは結局、きちっと主体性を維持する中で出てきます。また自由だからこそ、創造性が発揮できるわけです。そして自由だからこそ、競争が起こり社会が進歩するのであります。
最後に、安岡正篤著『知名と立命』より次の言葉を御紹介し、本ブログの締めと致します「人類一切の進歩とか文明・文化というものは、これは人が人の内面生活に返る――自分が自分に返る――という、したがってどうしても個人個人の心を通じて初めて発達するのである。言い換えれば、個人の偉大さというものの上に、社会のあるいは人類の一切がかかっているのである。」




 
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