北尾吉孝日記

『人前で話すということ』

2007年12月28日 8:51
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私は大勢の方々の前で話をするときも、基本的に原稿などは用意しません。
また、話す内容などは事前に決めずに即興で話すこともあります。

先日若い社員から
「どうしたらそんな風に話せるようになるのですか」
と聞かれたことがありますが、これを行うために重要な事は二つあります。
一つ目は度胸、二つ目は教養です。

大勢の方々の前で話すということに対して不得手な方の多くは、人前に出ると“あがる”ために話すことが出来ないと言います。
また、人によっては少人数の前であっても緊張して話が出来ない、半ば対人恐怖症のような状態に陥ってしまう方もいるようです。
これを克服する最も良い方法は「場数を踏む」ということです。
例えば結婚式のスピーチなど、何度でも挑戦していくうちに慣れていくものですし、機会があればスピーチを買って出るくらいの積極性があれば度胸も身につくものです。

もう一つは教養ですが、これは雑学も含めて様々な知識を身につけておくことによって、急に話を求められたときでも話せるようになりますし、それが自信にもつながります。
このためには日頃から読書をしていることが大事ですが、本は選ばなければいけません。いわゆる心の糧となるような本でなければ真の知識や教養は身につかないと思います。
また、ジャンルを問わずに多読をすることもあまり勧められません。
「一芸に秀でる」という言葉がありますが、自分の気に入ったジャンルの書物をとことん読み、そのジャンルに関しては誰にも負けないと言えるくらい知識を身につけることによって、その知識は他のジャンルを学ぶときにも活きてくるのです。
私の場合はそうした書物が中国古典を中心とした古典なのですが、やはり人類の歴史の中で長年読まれてきた書物に書いてある言葉には一つ一つに深い意味と重みを感じます。

2007年ももうすぐ終わりますが、年末年始の集まりなどでスピーチをされる機会も多くなってくるかと思いますが、「スピーチの仕方」のような本に頼らず、是非とも聞いている人の心に残るようなスピーチをしていただければと思います。





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  1. じゃあなぜ「若者のマンガ・ゲーム・バイト」のメリットを書き出せないのか。
    マンガ・ゲーム・バイトをせずに学問に終始してしまっては
    同じ若者とコミュすらとれない状態になってしまう
    中国古典を愛してやまないなら
    「過ぎたるは猶及ばざるが如し」を御存知かと
    「中庸」を御存知かと

    中庸とは、単なる中間ではなく
    ある立場や状況における程々のこと

    学生という立場において
    遊びと学びにおける程々を
    書けばいいんじゃないか

    ゲームもバイトもそこから会話が生まれる
    その点ではこの記事のゴールから漏れない

    心の狭い記事ばかり書いているから
    ホリエモンに簡単に打破されるのではないかと
    勝手な憶測も働くものです

    もちろんおふたりは同じ穴の狸や狢ですが
    中国古典を学んでいる割に
    知と行が一つに合わさっていないのではと
    お会いしたことありませんが
    文字面からそう感じた雑感でございましてよ



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