北尾吉孝日記

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昨年4月の『政界再編に向けた動きと民主党政権の行方』、及び昨年9月の『今問われる検察の倫理』というブログでも取り上げてきた所謂「陸山会事件」ですが、東京地方裁判所は先月26日、大久保隆規・石川知裕・池田光智という小沢一郎氏の元秘書3人に有罪判決を言い渡しました。

本件においては供述調書を証拠採用しなかったわけですが、まずはその調書を巡る背景も含め先月29日の日本経済新聞の記事を引用する形で以下述べて行きたいと思います。

『昨年1月の逮捕後に大久保元秘書を取り調べたのは、証拠改ざん事件で実刑が確定した前田恒彦元検事(44)。大阪地検特捜部から東京に応援派遣中に郵便料金不正事件での改ざんが発覚。ひどく動揺した元検事は明け方まで飲み歩き、アルコール臭を漂わせて東京拘置所の取調室に入ることもあったという。
「おれはもう検事をやめるんだ」と泣いたかと思えば「認めないと息子の嫁のもらい手もいなくなるぞ」と怒鳴る……。大久保元秘書は「感情の起伏が激しい取り調べに言い様のない恐怖を感じた」と弁護人に訴え、検察側は、元検事が作成した大久保元秘書の供述調書の証拠申請を取り下げざるを得なかった。
公判でも大久保元秘書は、資金管理団体「陸山会」の政治資金収支報告書に虚偽記入したとの起訴内容を否認。さらに東京地裁は6月末、衆院議員、石川知裕被告(38)らの供述調書のうち、大久保元秘書との共謀などを認めた11通すべてを「威迫と利益誘導があった」として証拠採用を却下していた。
結果として判決は、石川議員と大久保元秘書が意思を通じていたことが「強く推認される」、虚偽記入を隠蔽する認識を共有していたとみるのが「自然かつ合理的」と認定。元秘書3人全員の有罪を言い渡した。』

要するに今回の判決では「疑わしきは罰せず」ではなく「推認有罪」という考え方がとられているわけですが、こうした形で共謀が認定されることが一般化すれば、冤罪事件が頻発するリスクが非常に高まることになるでしょう。
昨日の朝日新聞「(耕論)推認有罪」という記事で河上和雄氏(元東京地検特捜部長・弁護士)は下記の通り述べていますが、本来は黙秘云々ということではなく、やはり検察側が立証すべき点について立証すべきであると私は考えています。

『小沢氏が陸山会に貸し付けた4億円の原資について、判決は「大久保、石川両被告に加え、小沢氏自身ですら明快な説明ができていない」として、後ろ暗いカネと認定しました。この点についても、「本来、検察側が立証すべき点について、被告側に立証責任を負わせている」との批判もあるようです。
もちろん、立証責任は検察にあります。だから、被告側は原資を問われても、黙秘すればよかったのです。黙秘せずに、いろいろ不自然な説明をしたものだから、裁判官は被告がウソをついていると判断したのです。』

また同記事において、木谷明氏(元裁判官・法政大法科大学院教授)は下記の通り指摘していますが、私は「法廷中心主義」ということ自体はそれ程悪いことではないとも思っています。

『刑事裁判は、人に刑罰を科すかどうかを決める重大な手続きです。だから犯罪事実は「合理的疑い」を差し挟む余地のない程度に立証されなければなりません。供述調書が却下され、きちんとした立証ができなくなったら、無罪もやむを得ないと割り切るべきです。
(中略)政治家周辺で不明朗なカネの動きがあれば、政治家としての説明責任を追及されるのは当然です。しかし、だからと言って、法律で処罰すべきかどうかは別次元の問題です。
もっとも、今回の判決が証拠能力に疑いのある調書を却下して、法廷に出された証言・供述や客観的証拠で勝負したこと自体は、「法廷中心主義」を志向したものとして支持できます。』

唯、その中で本当に『「合理的疑い」を差し挟む余地のない程度』に推認出来たものかと言えば、私はそうではないというように認識しており、今回の判決に対しては何か非常にすっきりしない思いがしています。
明日初公判を迎える「小沢裁判」においては、もう少しすっきりするような形で判決を下して貰いたいというように私は切に願っています。




 

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