北尾吉孝日記

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今週火曜日、2008年ノーベル経済学賞受賞者で世界的に著名な経済学者ポール・クルーグマンの講演会がSMBC日興証券株式会社主催で行われ、私もそれを聞いてきたわけですが、『Present Status and Future Trends in Global Economy~Living in a Liquidity-Trapped World~(グローバル経済の現状と今後の動向~「流動性の罠」に陥った世界~)』と題された講演内容自体は基本的には極めて常識的なものでした。
一昨日の日本経済新聞「クルーグマン教授、米欧「日本化」に懸念 インタビューやりとり」という記事にも下記記述がありますが、 要するに「Impotence of conventional monetary policy(伝統的な金融政策の無力)」や「Inadequate fiscal stimulus, premature austerity(不十分な財政刺激策、時期尚早の緊縮財政策)」、あるいは「Special problems of the eurozone(ユーロ圏の特殊問題)」等をテーマに彼は講演していました。

『欧州債務問題と金融不安の拡大を最大のリスク要因として挙げ、米国は財政・金融両面でもう一段の景気刺激策が必要と指摘。米欧は経済が長期低迷する「日本化」の困難に直面しており、1990年代に米国の経済学者が日本の対応を批判したことについては「同じ状況に直面する今となっては、謝るべきだろう」と話した。』

本ブログでも幾度も指摘してきた通り、日本と同じように米国も経済学で言う所謂「Liquidity Trap(流動性の罠)」というものに陥っているわけですから、最早機能不全となった金融政策というよりも多少の効果を見込み得る財政刺激策を実施せざるを得ないわけです。
しかしながら、今週水曜日に『米欧中現在の情勢』というブログでも下記指摘した通り、「Debt Ceiling Problem(債務上限問題)」によって米国は非常に身動きがとり難い状況なのです。

【米国については言うまでもなく、やはり議会と大統領との間の一つの確執とも言うべきもの、つまり『上院と下院の民主党と共和党の議席数の「ねじれ」現象』があるが故にオバマ大統領も思うような経済刺激策を打つことが出来ません(※1)。
本ブログで何度も述べている通り、特に此間の「米債務上限問題」については擦った揉んだした挙句、何とか与野党合意に漕ぎ着けたわけですが、最早これ以上はそう簡単に財政赤字を増やし得ないというような状況にきています。】

また彼は日本についてもそう簡単には現況から脱却し得ないとの見解を示し、前述のインタビュー記事でも下記のように答えている通り、デフレが続く限り円高が続いて行くことになるだろうと述べていました(※2)。

『米国は弱いドル、欧州は弱いユーロを望んでいる。そんな中で日本はとりわけ金利の問題に直面している。日本の実質金利は顕著に高い。日米とも短期金利はゼロ水準なのに対し、米国が若干ながらインフレで日本はデフレだ。今や世界中の当局がゼロ金利政策を志向している中で、日本は実質金利で見れば高金利国になっている。03年~07年の好況時にデフレから脱却できなかったので、今の日本はこの点で厳しい状況に直面している』

即ち、5年債で見れば、日米間の実質金利は1.2%も開きがあるわけですから(日本:0.7%、米国:-0.5%)、当然ながらそこには円高要素があるということです。
唯、日米というよりも彼が最大の問題として据えているのは欧州であり、今後の対応如何によってはある意味クライシスに陥る可能性もあるというような認識を持っているわけで、前述のインタビュー記事においても下記の通り答えています(※2)。

『欧州の危機は最初はギリシャ、アイルランド、ポルトガルといった小国の問題だったが、今ではイタリアやスペインなど大国を脅かしている。危機に直面している国の経済規模は、今やユーロ圏全体の3分の1に及んでいる。仮にこの危機を封じ込めたとしても、デフォルト(債務不履行)を恐れる市場の圧力が問題国の金利上昇を招き、その金利上昇がデフォルトを自己実現してしまう恐れがある。そうなれば銀行の自己資本を大きく傷つけてしまう。こうした欧州の状況が全世界にリスクを及ぼしている』

GDPで言うと、今のところは「ユーロ圏(17カ国)全体のわずか2.5%」でしかないギリシャの問題が大きくクローズアップされていますが、「ユーロ圏において経済規模3、4位のイタリア、スペインにまで同様の財政危機が及ぶ」ことになれば(※3)、欧州については正にクライシスといった状況になるでしょう(参考:ITALY 10 – GERMANY 10 SPREAD)。
このように先進国経済が大変厳しい状況に直面している中で『米欧中現在の情勢』冒頭においても「リーマンショック以後も堅調であった新興諸国においてもインフレ率が相当高くなってきている」と述べた通り、更には新興国も高インフレに悩まされているわけです。
そして結果として、例えば上記講演会でも示されたブラジルレアルの実効為替レートを見てみても、大きく言えば2009年1月以降レアル高傾向が続き45%程度強くなっているわけですから、中国・ブラジルを初めとした新興国経済というのはインフレ圧力と通貨高という中で非常に困難な状況に直面しているのです。
こうした現況を脱却出来ることがあるとすれば、それは例えば丁度90年代米国がインターネットやバイオテクノロジーといった所謂「ポスト・インダストリアル・ソサエティ(脱工業化社会)」に相応しい新産業を見事に興してきたようにテクノロジーのブレイクスルーというものが必要であるとの認識を彼も示していました。
日本においてはまたしても増税議論が活発になっていますが、今そのようなことを実施すべきタイミングではないというのは先月7日の『「日本化」する世界と野田内閣に対する政策懸念』と題したブログ等々で下記のように幾度も指摘してきたことであり、政策当局者にそうした認識が欠如しているというのは非常に残念なことであると私は思っています。

【こうした状況から脱却するには成長戦略を如何に打ち出すのかがキーになるわけですが、特に日本の場合は大震災からの復興といったものと絡めながら、どのような新成長戦略を打ち出し12四半期マイナスが続く需給ギャップ(2011年4-6月期:マイナス3.7%、年換算で20兆円程度の需要不足)を縮小して行くのかというように取り組んで行かねばなりません(※4)。
今回の民主党代表選を経て小生の予言通り野田佳彦氏が第95代首相に就任したわけですが、前々から復興増税というものを提唱してきた人物であるだけに成長とは正反対の方向に進んでしまわないかというように私は非常に危惧している部分があります。
勿論、「復興増税により国民の購買力が減じられても、徴収された税金が被災地域において需要を増やすということに投入されるのだから、それ程大きく減じられることはない」という類の議論もあるのかもしれませんが、やはり多くの国民の購買力低下に繋がる所得税や消費税、あるいは法人税といったものの増税を今というタイミングにおいて決して実施すべきではないと私は強く思っています(※5)。
先月26日に『終焉に向かうパックス・アメリカーナ』と題したブログでも指摘した通り、現在のステージというのは成長戦略を徹底的に推し進めて行くべきところであり、経済が成長して行けば税収の自然増に繋がるという部分が齎されるわけですから、今後発生してくる復興需要というものを如何に経済成長に生かして行くのかを考えるべきでしょう。】

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参考
※1:【相場展望】「一喜一憂」程度なら余裕のうち!「十喜十憂」となれば・・=浅妻昭治
※2:クルーグマン教授、米欧「日本化」に懸念 インタビューやりとり
※3:特集ワイド:今さらですが 欧州債務危機 続く綱渡り
※4:4~6月期の需給ギャップ、20兆円の需要不足 デフレ続く
※5:復興増税、期間20年超に延長も 税負担軽減へ検討




 

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