北尾吉孝日記

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前回のブログ『中間層への富の再分配を狙う税制改革』でも下記文脈において所謂『「維新八策」原案』に触れましたが、本ブログでは当該事項A.~G.について過去に執筆した私の関連ブログも多数引用しながら以下コメントして行きたいと思います。

【「資産課税の強化」については日本でも『橋下徹大阪市長率いる地域政党「大阪維新の会」がまとめた次期衆院選公約「維新八策」』原案で示されていることですが(※1)、昨年11月のブログ『格差広がる不平等な世界』でも下記指摘したようにグローバリズムと技術的進化といったことによって所得格差がどんどん広がり中間層が存在しない『金持ちと貧乏人』という両極端な世界になって行くならば、「所得全体の4分の1を稼ぎ、富の40%を占める」上位1%の富裕層に対して課税強化をして行くのがベストチョイスであるという発想が世界中で出てくるのは当たり前ではないかというふうに私は考えています(※2)。】

 

A.「統治機構改革:地域の実情にあった都市制度の創設」―前々からドイツの事情に関して下記のように説明していますが、日本はドイツをはじめ世界各国の優れた部分を積極的に学び自国にとっての意味を吟味して行くべきではないかと思います(参考:2010年9月3日北尾吉孝日記『私の国土ビジョン~「地方分権」を超えて~』、及び2010年9月13日北尾吉孝日記『国際比較研究の重要性~日本の処方箋を描くために~』)。

【ドイツの首都ベルリンに行くと私はいつも思うのですが、ドイツは日本のように一極集中化しておらず、例えば、ハンブルグ、フランクフルト、あるいはデュッセルドルフ等々、何処に行っても夫々の地域に大飛行場とそれなりの産業というものがあります。
つまり夫々の地域が夫々に発展して行っているということで、全体として見れば非常にバランスの取れた形で発展しており、この辺にドイツ人の賢さというものを私は感じます。
他にも、例えばドイツの高速道路についても、その作り方から何から見ていますと非常に優れているという印象を私は昔から何度か受けていますが、そのようなドイツの優れた部分を日本は少し見習うべきだと思います。
その意味するところは、この狭く空気も非常に悪くなってくるような東京という場所に今後も様々な機能・活動を一極集中させて行くということでは勿論ありませんし、世間一般に言われる「地方分権」という考え方でもありません。
私が述べているのは、夫々の地域に日本の中で他を凌駕するような一つの産業を育て上げ、それを核として実質的にその地域を興して行くというようにならなければならないということです。今地域の産業は壊滅的な状況になっているわけですから、そのようなことが必要ではないかと私は思っています。】(※3)

 

B.「行財政改革:国会議員定数と歳費を削減」―行財政改革というものを議員歳費や議員定数の削減、あるいはこれまで蓮舫氏や枝野幸男氏等により実施されてきた所謂「事業仕分け」といった形で矮小化するのではなく、やはり徹底した行政改革による無駄の排除、及び様々な競争制限的な旧制度の徹底改革の推進といった根本的部分にまずは取り組むべきではないでしょうか(下記参照:a.2012年2月14日日本経済新聞「大機小機 大盤振る舞いと増税」、及びb.2012年1月25日北尾吉孝日記『「民主党の政権政策」とは何か』、及びc.2011年10月14日北尾吉孝日記『復興財源捻出の在り方』より抜粋)。

a.『民主党のマニフェスト(09年)では、事業仕訳などで17兆円のムダを削減するとされてきた。しかし実際に削減されたのは2兆円程度だった。差額14兆円は、予算規模の実質的な拡大幅と一致する。』
b.【今民主党が第一に為すべきは現行の「社会保障と税の一体改革」という焼け石に水程度の「改革」ではなく、あの2009年夏の政権交代時に民主党が公約として掲げた「税金のムダづかい」を徹底的に排除するということであり(※4/※5)、その部分に対してはこれまで全くと言って良いほど努力というものが為されていないのです(下記抜粋①②参照)。

①『もともと、不要な歳出を削って子ども手当などの新規政策の費用に充てることが民主党の政策の基本であった。それが政権を取った後は、既得権の厚い壁に遮られて見事に失敗し、税収の倍以上の一般会計歳出を賄うための増税が必要になった。その意味では、増税よりも、無駄な歳出削減というマニフェストを実現できなかった方に、より重大な責任がある。しかし現実には、消費税率の引き上げを主目的とし、それを誘導するために無駄な歳出増を容認する、逆立ちした状況となっている。』(2012年1月21日日本経済新聞朝刊「何のための消費税増税か(大機小機)」)
②<(中略)消費増税にどうしても踏み切るというのであれば議員歳費や議員定数の大幅削減等は当たり前のこととして、野田総理自身が野党時代に声高に主張していた所謂「天下り・わたり」というものの徹底廃止、即ちより大きな財源を生み得る無駄な独立行政法人の全廃を直ぐにでも実施すべきではないでしょうか(参考:YouTube「野田総理 マニフェスト 書いてあることは命懸けで実行」)。

(中略)事業仕分けという子供騙しが殆ど無意味なことであったのは昨年10月のブログ『復興財源捻出の在り方』等々で幾度も指摘してきた通りですが、例えば昨年12月に「八ツ場ダム建設再開」が決定され、そして更には「コンクリートから人へ」の理念に反し来年度予算では「自民党政権時代にも凍結されていた整備新幹線が認められた」わけですから、現政権が無駄排除というものに対して如何に真剣に取り組んでいないのかは明らかなことでしょう。】
c.<私が年来指摘していることであり今年7月にも『歴史的転換期における日本と世界』と題したブログで下記述べましたが、様々な法律を再度一から見直して、不必要な法律については全て早急に廃止すべきですし、必要なものについてはもう一度時代に合う形で作り変えるべきでしょう。

【農業・漁業の近代化推進については「農地法」(法令番号:昭和二十七年七月十五日法律第二百二十九号)、「漁業法」(法令番号:昭和二十四年十二月十五日法律第二百六十七号)といった戦後直ぐに作られたような法律の抜本的改正を一刻も早く行うべきですし、あるいは今回の原発問題との関連で言えば、「原子力損害の賠償に関する法律」(法令番号:昭和三十六年六月十七日法律第百四十七号)や「電気事業法」(法令番号:昭和三十九年七月十一日法律第百七十号)というような法律も同じ様に見直さねばなりません。
今世界は次の大転換期に突入していると私は認識しており、日本の将来にとって手枷足枷となるような上記法律といったものについてはその全てを早急に見直し、新しい日本の再生を目指して行かねばならないというように痛切に感じています。】

(中略)結局そうした所に全然メスが入っていないわけですから、まだまだ打っ千切るべきものは山ほどあるはずだと私は認識しており、現存する弊害を全て廃絶すべく今後は根拠法から切り捨てることで少しでもまともな成果を出して貰いたいというように願っています。>

 

C.「教育改革:教育委員会を諮問機関に位置付け選択制に」―教育改革の主眼については一貫して申し上げている通り、兎に角日教組を打っ壊すという位のことを行うつもりで取り組まねばならないということです(下記参照: 2012年1月18日北尾吉孝日記『橋下徹大阪市長について』より抜粋)。

<「教育現場に政治的イデオロギーを持ち込む」日教組に対しては私自身もこれまで一貫して批判し続けてきましたが、上記記事において山谷えり子・元内閣総理大臣補佐官も下記指摘している通り、その弊害というのは一刻も早く一掃せねばなりません(参考:2011年12月6日北尾吉孝日記『岡潔著「日本民族の危機」について』、及び2011年12月15日北尾吉孝日記『「坂の上の雲」のテレビドラマ化』)。

『現在の条例案では首長次第という属人的な部分があると思います。(中略)首長は2期目になるとオール与党になって日教組から票をもらうという構造があります。過激な性教育の問題も、調査できたのは東京都だけでした。あとは首長が日教組の世話になっていて調べることができないという、教育の闇があります。保護者の参画ももちろん理想なのですが、保護者の資格でプロ市民が入ってくる危険性があります。』>

 

D.「社会保障制度:年金は積み立てと掛け捨ての併用を検討/最低限の生活を保障するベーシックインカム導入」―2項目共にそれでも構わないとは思いますが、既存の「最低賃金制度」も考慮した上で更に具体化されねばコメントし難いものがあります(参考:2011年12月16日北尾吉孝日記『『少子高齢化時代における社会保障制度の在り方』』、及び2012年2月17日北尾吉孝日記『中間層への富の再分配を狙う税制改革』)。

『ベーシック・インカムは、年金や雇用保険、生活保護など複雑化したセーフティーネットを一元化する方策として検討。維新は、働けば働くほど収入が増える仕組みで、社会保障上の利点のほか、勤労意欲の向上や経済活性化などにもつながるとみている。
維新では、ベーシック・インカムと併せ、最低生活水準に達しない低所得層に所得税を免除し、逆に給付金を支出する「負の所得税」制度とセットで盛り込むことも検討している。』(※6)

 

E.「経済・税制:TPP交渉に参加/法人税率と所得税率の引き下げ、資産課税の強化」―一昨年12月の『日米の税制政策を巡る昨今の動きについて』等でも指摘したように日本の場合はやはりタックスベースを拡大して税収ニュートラルの状況を作って置く必要性はあると思っています。
また、TPP問題について早急に前進させるべきことは幾度となく述べてきましたが、それこそがグローバリズムの世界の中で日本が生き残る唯一の方法であるというように私は捉えています(下記参照:2011年7月20日北尾吉孝日記『岐路に立つ日本』より抜粋)。

<『日本経済新聞社が14日まとめた「社長100人アンケート」で、約4割の経営者が円高の是正や税制の見直しが進まなければ3年以内に海外へ生産拠点などを移さざるを得ないと回答した。(中略)
企業が国内拠点や収益力を維持・拡大するため、政府が早期に取り組むべき制度的な課題として、最も多く挙がったのは「電力不足解消策を含む総合的なエネルギー政策」で50.7%。「法人税率引き下げ」が36.4%、「環太平洋経済連携協定(TPP)への参加」が35%で続いた。』

そして、上述の通り「社長100人アンケート」でも「企業が国内拠点や収益力を維持・拡大するため、政府が早期に取り組むべき制度的な課題」としてTPPへの参加が35%もあるわけですが、以前から本ブログで指摘しているようにTPPの進捗は全く図られていないというのが現況です。
仮に日本がTPPに参加しないのであれば、今後日本の製造業は海外拠点の更なる拡張を推進し、TPP参加国で生産活動を行い、そして、TPP参加国にどんどん輸出をして行くというようになるでしょう。
先週月曜日の『日本教育再考』と題したブログでも下記記事をご紹介しましたが、例えば東レ株式会社などは「2013年稼働を目標に韓国に主力商品の一つである炭素繊維の工場を新設する」といったように既に移転の動きは出ているわけで(※7)、日本政府は韓国の貿易現況から多くを学び早急に対処して行くべきなのです。

【『韓国の今年第1四半期(1~3月)の輸出額が史上初めて、個人消費額を上回ったことが16日分かった。41年前の1970年同期と比べ、輸出額は220倍に増えた一方、個人消費額は10倍にとどまった。』(※8)
『韓国の自由貿易協定(FTA)を結んでいる国・地域との貿易額が発効前より7割増えたことが分かった。関税の撤廃・削減で工業製品を軸に輸出を拡大。韓国はFTA網の拡充を着々と進めており、今年の韓国の全体の貿易額は2010年に比べ1割以上増え、1兆ドル(約80兆円)の大台に初めて乗る見通しだ。』(※9)
『米国が主導し、日本が出遅れを挽回(ばんかい)しようと参加を探る環太平洋経済連携協定(TPP)。実は韓国は、現在交渉に参加している9カ国とはすべて、すでに2国・地域間のFTAを発効済みか交渉中だ。通商交渉本部の幹部は「韓国がTPPに加わる必要性は今のところない」と言い切る。』(※10)】>

 

F.「外交防衛:日米同盟を基軸に日米豪の関係強化、沖縄の負担軽減」―現況を前提として述べるならば、そうした方向性というのは結構なことであると認識しており、一昨年11月のブログ『「北朝鮮砲撃事件」と日本国防再考論』でも下記指摘した通り、日米同盟については徹底的に強化しておかねばならないと思っています(参考:2010年2月4日北尾吉孝日記『東アジアの軍事バランスと普天間基地の移設問題』、及び2010年12月8日北尾吉孝日記『今年の10大ニュースと来年以降の最重要問題について』)。

【日本の安全保障環境について言えば、例えば本年「日米安全保障条約改定50周年」という節目において、特に「普天間基地移設問題」に関する鳩山政権の愚かな対応により米国の日本に対する信用を大きく損ない、そして菅政権になってからもこの問題がどうなって行くのか分からないというような有様で、日米関係は大変厳しい局面を迎えています。
上記ブログでも先日触れましたが、このように箍が緩んだ所に中露につけこまれあのような尖閣諸島問題や北方領土問題が発生してくるわけで、やはり上記基地問題に一刻も早く決着をつけ、日米関係というものを再構築して行かねばならないでしょう。
そして日米安保について更に言うならば、今日までは何か十分に機能してきたというようにも見えますが、日本の国防を真に考えた場合、これまでのように日米安保に過度に依存して行くだけの体制で本当に良いのかということについて、日本人は今一度考えてみる必要があると思っています。
「独立の気力なき者は必ず人に依頼す、人に依頼する者は必ず人を恐る、人を恐るものは必ず人に諛(へつら)ふものなり」と福沢諭吉は『学問のすゝめ』で述べていますが、正に日本はこれまでずっと米国を恐れ、米国に諛ってきたわけで、将来を考えるにやはり独立自尊ということが必要な時代になっているのではないかと私は認識しています。】

 

G.「憲法:憲法改正に必要な衆参両院の賛同を3分の2から2分の1に」―機能不全の参議院廃止を睨んだ改革といった形での報道がなされており、それはそれで結構であるとは思いますが、どのように憲法を改正しどういう国を創って行こうと考えているのかについてより具体的な部分を表明して欲しいというふうに感じています。
例えば首相公選制については、一昨年9月にも『国際比較研究の重要性~日本の処方箋を描くために~』というブログで下記のように私見を述べましたが、要するに自民党末期の状況や政権交代後から今日までの民主党の有様を見れば、所謂「派閥制度」というものは一国の総理を生み出すメカニズムとしてナンセンスであると言わざるを得ないわけです。

【政治の在り方ということで言えば、首相公選制導入についても日本では昔から議論がありますが、このテーマについても今後は世界に目を向けて更に議論を深めて行くべきであるというように思います。例えば、実際に導入されたイスラエルにおける状況について更なる研究が必要であると思いますし、あるいは隣国韓国の政治システムにおいてもある意味上手く機能している部分もあるわけで導入に向けて学べる部分については学んで行くべきであると私は思っています。
本制度に対する私自身の考えについて言えば、導入出来るということであれば導入した方が良いとは思いますが、日本では中々実現出来ないのではないかというように思っています。ただ党首と首相というものを同一人物にする必要は必ずしもないと思っていますし、やはり全国国民が1年以上を掛けて次のリーダーを選び出して行くという位のプロセスを経なければ、長期安定政権を築くことはもはや難しいのではないかというようにも感じています。
そのような意味で米国大統領選においては候補者のあらゆることが徹底的に調査され、仮に何らかの問題点が見つかれば、鬼の首を取ったようにこれでもかと報道されるという中で最終的に選出されて行く部分というものは、やはり正鵠を射る方法の一つであることは間違いないと思います。
前回のブログで少し触れましたが、仮に世論調査の結果と実際の選挙結果が大きく相違するというようなことになるならば、それは情報が操作されているかもしれませんし、仮にそうでないとしても候補者が日本中を飛び回り、国民に演説をダイレクトに届け、そしてその結果として次のリーダーを選出して行くというプロセスは、密室で何やら選ぶというよりも明らかに公平で遥かに良いプロセスであるというように私は思います。】

そして先週木曜日『イラン情勢をどう見るべきか』というブログを書きましたが、様々な側面から世界情勢を考慮するならば、日本は独立国としてきちっとした軍隊を擁する位のことを最早考えねばならないタイミングではないかと思うのです(下記参照:a.2010年11月26日北尾吉孝日記『「北朝鮮砲撃事件」と日本国防再考論』、及びb. 2011年1月27日北尾吉孝日記『21世紀に対する洞察2』より抜粋)。

a.<戦後日本が独立国として実際どのような状態であったのかについては、小生が以前書いた『人物をつくる―真の経営者に求められるもの』(PHP研究所)という本の中で、イラク戦争を例に述べていますので、兵に関する考え方と共に下記引用してご紹介します。

【よくご存知のように、戦後、日本の安全は日米安全保障条約のもとに、アメリカの「核の傘」の下で守られるという状態がずっと続いています。
従って、「もしアメリカがイラクを攻撃するということになれば、日本はアメリカを支持しなければならない。そうでなければアメリカは日本を守ってくれない」と言われます。
しかし、当然ながら日本は独立国です。その独立国が、国際社会の大多数が反対する戦争であるにもかかわらず、そのような理由でアメリカを支持しなければならいと言うならば、これははたして独立国と言えるでしょうか。
国家の独立とは、その国家に属する国民の自由な意思で、国家の行動が選択され、決定される状態ではないかと思うのです。
私はそのような状態こそが「独立国」と解釈しています。しかし、振り返って、現在の日本を見ると、残念ながら、そのような状態になっていないのです。】
【単に「アメリカに守ってもらっているから、アメリカを怒らすわけにはいかないから支持するのだ」ということでは、独立国家として甚だ疑問であります。
『老子』には、「不争の徳」、つまり争わない徳という言葉があります。
とにかく何でも戦おうという姿勢は良くないということです。
あるいは、「兵は不詳の器にして、君子の器に非ず、巳むことを得ずして之を用ふ。恬淡なるを上と為し、勝ちて美とせず」という言葉もあります。
本当にやむを得ないときにしか兵は使ってはいけませんという意味です。
さらに、『孫子の兵法』にも、「百戦百勝は、善の善なるものに非ず。戦わずして人の兵を屈するは善の善なるものなり」という言葉があります。
要するに、戦わずして勝つということです。そのような努力を最大限にしなければならないと私は思います。】

私の兵に関する考え方は上述した通りですが、その意味するところは兵を持ってはいけないということでは勿論ありません。
日本の抑止力の強化という観点からも、あるいは万が一の有事に備えるという観点からもそれなりの軍備の増強を図り、例えば北朝鮮に対する万全の備えをして行くことは必須であると考えています。
嘗てフランスのシャルル・ド・ゴール将軍は「米国が自国民を犠牲にしてフランス国民とフランスの領土を守るとは思えない」というように述べたと言われていますが、私もその通りではないかというように思います。
日本という国、そしてその文化、伝統、歴史を守って行くのは日本人しかないと考えており、やはり自分の国は自分で守るというような気概が必要ではないかと強く感じています。>
b.【戦後60数年を経た今、日本国憲法についても果たして現行のままで本当に良いのかということをもう一度考え直してみる必要性があるというように私は思います。
例えば同じ敗戦国のドイツは独立後自らの憲法を主体的に創ったわけで、日本は押し付けられた現行憲法を今後も後生大事に守り続けて行くのかということです。
昨年10月、私は「尖閣問題」に関し下記のように呟きましたが、領土問題、日米関係といった日本を取り巻く安全保障環境というものが大きく変化してきている中で、今正に国防というものを日本人全体が再考しなければならないのではないかと考えています。

『「尖閣問題」に関する報道を見ていて「一剣を持して起つ」という言葉を思い出しました。こうした宮本武蔵の境涯に到って、人間は初めて真に卓立し、絶対の主体が立つという事で、要は甘え心やもたれ心があっては駄目だという事です。言葉を変えれば「独立自尊」という事だと思います。』(※11)
『これは国の場合でも勿論同じで、一国の安全や防衛を他国に依存しているが故に、阿たり、諂ったり、媚びたりするのです。そのような甘え心やもたれ心を人においても、国においても一切無くす事が非常に大事であると思います。いずれ憲法改正も必要になってくるでしょう。』(※12)】

日本は未だに様々な領土問題を抱えており、ひょっとしたら中国などは覇権主義志向を高めてくる可能性もあるわけですから、そうした時にどのように対応するのかを考えますとやはり非常に重要な問題を孕んでいるというふうに思うのです(参考:2008年12月12日北尾吉孝日記『金融危機と日本外交』、及び2010年11月9日北尾吉孝日記『国家我・組織我について・・・北方領土問題、尖閣諸島問題、イラク戦争』)。
日本が軍隊を持つことに対する反対は大変根強いものがありますが、結局のところ軍隊を持つかどうかではなく軍事力を行使するか否かという問題であり、凡そ1年前『21世紀に対する洞察2』で下記のように述べた通り、ナショナルアイデンティティを考慮しながら新たなる憲法というものを今後日本は作って行くべきではないかと私は考えています。

<西洋文明のある種の限界が明瞭となってくる中、上述した様々な特性を帯びる21世紀という時代において、我々日本人はこの世界の中で一体どのように生きて行くべきなのでしょうか。
これについては拙著『安岡正篤ノート』(致知出版社)の第5章「世界に果たす日本の使命」からの抜粋を中心に森先生の言葉も引用する形で以下述べて行きたいと思います。

【人に人命があるように、国には国命があると私は思います。国命とは、その国の中にいる国民が総体として受けている命であって、それは日本人なら日本人の歴史と伝統の中に語られているはずのものです。それをベースにしながら、日本人の特性をわきまえて、今、世界のために何ができるのかを考えていくべきだと思うのです。
その観点からいえば、日本が現在の停滞した状況から抜け出し、復活を遂げるためには、かつて日本人が持っていたナショナルアイデンティティがいかなるものであったかということを、すなわち日本文化と日本国民の特質とは何かということを、もう一度原点に立ち返って調べる必要があるでしょう。
今はそのようにして歴史・伝統を振り返りながらこの国のナショナルアイデンティティを再確認し、それをよく見極めた上で現在の状況をよくつかみ、国家の方針を構築する、そしてその向こうに日本の目指す国益(ナショナルインタレスト)を明確にするべき時期なのです。表現を変えて言うならば、まさに百年の計をつくるべき時期に来ているのではないかと思うのです。】

安岡先生はずっと歴史を遡って日本人のルーツを探り、日本人が伝統的に持ってきた国民性、即ちナショナルアイデンティティを究明し続けてこられました。
そういうものを見極めた上で、未来に向けて日本はどうあるべきかと提言されています。
日本が世界から尊敬される国になろうとするならば、日本人としての特質を益々磨いて、その点で評価されなければ意味がないのです。
以前私も『世界から尊敬される日本人とは何か』というタイトルのブログを書きましたが、安岡先生は世界からの評価を得るべく日本人の持つ非常に素晴らしい特性を磨くべきであると繰り返し説かれてきました。
そのような日本精神の研究を行い纏められたのが『日本精神の研究』と『日本精神通義』であり、両著の中で安岡先生は昭和を代表する一つのナショナリズム論を説いておられます。

【ナショナリズムといった場合には三つの側面があります。一つはナショナルトラディション、国民的伝統です。二つにはナショナルインタレスト、国民的利益すなわち国益です。そして三つにはナショナルミッション、国民的使命(観)です。この三つが合わさったものが、ナショナルアイデンティティ、すなわちその国の国民が共通して持つ基盤となる自己認識です。本来ナショナルアイデンティティはこうした三つの側面からきちんと確立されるべきものなのです。
『日本精神の研究』及び『日本精神通義』の二書を通じて、安岡先生はこれら三つの側面およびナショナルアイデンティティについて詳細に評論を重ね、具体例を挙げながら、大正末期から昭和初期にかけて混迷する我が国に明確な進路を提示しています。と同時に、涵養・振作すべき国民精神の神髄を提唱されたのです。】

このように日本がその歴史と伝統の上にどのような国民性・特質を持っているのかということを明らかにし、ナショナルアイデンティティ(ナショナリズムの中核)を確立しながら、21世紀日本がこの世界の中でどのように生きて行くべきかということを考えることが今こそ必要ではないかと私は強く思っています。>

日本が軍隊を持つのか持たないのかは最終的には国民が判断すれば良いことですが、仮に持たないことを選択するならば、取り分けリーマンショック以後に相対的地位の低下が起きている米国という国が、何時まで日本を守り得る圧倒的軍事力を保持出来るのか、そしてまた「米国が自国民を犠牲にして日本国民と日本の領土」を防衛する意思が本当にあるのかという部分をきちっと見極めて行く必要性があるのではないでしょうか(参考:2011年1月27日北尾吉孝日記『21世紀に対する洞察2』)。

参考
※1:2012年2月14日時事ドットコム『「維新八策」に動揺=高いハードル、解散戦略影響も-与野党
※2:2011年10月24日日本経済新聞朝刊「政策の偏り、デモ招く(グローバルオピニオン)
※3:2010年9月3日北尾吉孝日記『私の国土ビジョン~「地方分権」を超えて~
※4:民主党の政権政策Manifesto2009
※5:2011年10月13日北尾吉孝日記『政権交代から2年後の今
※6:2012年2月13日MSN産経ニュース『「船中八策」8つの柱、概要固まる
※7:2011年7月15日日本経済新聞「3年内に海外移転」4割 社長100人アンケート電力対策は過半が要望 景気持ち直し「年内」72% 
※8:2011年6月16日時事ドットコム「輸出、初めて個人消費超える=41年間で220倍に-韓国
※9:2011年7月6日日本経済新聞夕刊「韓国、FTA効果鮮明、貿易額7割増、昨年、対象国・地域と――工業製品の輸出拡大。」
※10:2011年7月3日日経ヴェリタス『韓国FTA網、世界制覇へ着々、EUと発効で広がる「経済領土」、日本の出遅れ鮮明。』
※11:2010年10月4日yoshitaka_kitao – Twitter
※12:2010年10月4日yoshitaka_kitao – Twitter




 

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