北尾吉孝日記

この記事をシェアする

『貞観政要(じょうがんせいよう)』にある有名な言葉に「守成は創業より難し」というのがあります(※1)。
「創業の後をうけて、その成立した事業を固め守ることは簡単なようで、実は難しいことである」というのは、全くその通りであると思います(※2)。
唯、「事業を新しく始めることは難しいようで、実はやさしいことである」というようには、私は考えていません(※2)。
創業すること自体は易しいと言えましょうが、創業して守成が必要になる位の成功を収めるのは非常に大変なことです。
私に言わせれば、創業には創業の難しさがありますし、守成には守成の難しさがあると思います。
分かり易い例として徳川家康を見れば、所謂「関ヶ原の戦い」までの家来達とそれ以後に「徳川三百年」の礎を創って行く家来達というのは、当然ながら能力・手腕が違う人間であるべきでどちらも難しい時期でありましょう。
即ち、「関ヶ原の戦い」までは軍略家や戦略家、腕っ節の強い人といった戦に勝ち抜く為の人材が求められますが、天下平定の後には如何に国を平和裏に治め徳川政権の長期安泰を維持するのかというところに知恵を出すような人材が必要になるわけです。
その一方でどちらの時期においても大将は一人ですから、状況変化に応じて常に大将自らが「君子豹変」出来ねばならない難しさがあります。
「君子豹変す」と言いますと、どちらかと言えばガラッと態度が変わってしまい、何か悪いように受け止められますが、それは間違いです(※3)。
「豹」の毛は秋になると全部抜け替わり一転してあの美しい模様が出て来ることから「自己革新」「自己変革」という意味となり、「君子とは自己革新を図り、小人は表面だけは改めるが、本質的には何の変化もない」という意味になります(※3)。
詰まらない大将であれば、「君子豹変」出来ずに何時まで経っても過去の栄光を引き摺って、国がまた乱れるという状況になるわけです。
従って、必要とされる人材は嘗てとは全く違うということも割り切って、大将は時期に即して新たな人材の登用を図って行かねばならないということです。
勿論そうした場合においても、苦楽を共にしてきた人達に対しては、それなりに報いてやらねばならないというふうに思います。

参考
※1:Amazon.co.jp『「貞観政要」のリーダー学 守成は創業より難し
※2:2012年7月10日致知出版社のメールマガジン『「偉人たちの一日一言」【守成は易きに似て】』
※3:2009年3月2日北尾吉孝日記『「易経」に学ぶ①




 

(任意/公開)
(任意/非公開)

  • 小
  • 中
  • 大



Copyright © SBI Holdings, inc. All rights reserved.