北尾吉孝日記

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御存知のように所謂「滋賀・大津市の中2自殺問題」に関する報道が昨今多数なされていますが、皆さんは本件をどのように受け止められたでしょうか。
今回のケースは「加害生徒による恐喝や強盗があった疑いもある」と言われていますが、仮にそれが事実であるならば、そういう状況において自分の子供が誰かに対して金銭を要求しているのを親として分からなかったものかと私は不思議に思いました(※1/※2)。
常識的に考えれば、自分の子供が自分が与えている以上のお金で実現し得る何かをしている場合、①他人からお金を貰っている、②他人からモノを貰っている、③自ら万引きをしている、という3つの可能性以外に原則的には考えようがないわけです(※3)。
最近、親の関心が向かう先は専ら学校の成績だけでありますが、そんなことよりも特に中学生位までは先ず以て子供のことに親としてもっと関心を持つべきで、例えばいじめに関わっている(いじめられている場合も含めて)か否かというようなことをやはりきちっとチェックせねばなりません。
今回の事件における金銭要求の有無について最終的にどういう形になるのかは分かりませんが、仮に絡んでいたとなれば加害生徒の親が如何に自分の子供をチェックしていなかったのかについて当然問われるべきではないかというふうに思います。
それからもう一つ、いじめの問題というのは今に始まったものではありませんが、昔は今見られるような形で俎上に上ることはあまりありませんでした。いじめというものが今日段々と浸透しているのではないかと感じています。
そして何故そうした状況が現出しているのかを考えた場合、やはり教育の問題に深く関わっているのではないかと思われ、絶対にいじめを起こしてはいけないという道徳教育が学校内で、あるいは家庭内で躾(しつけ:外見を美しくすることではなく、心とその心が表れた立ち振る舞いを美しくすること)として十分に為されていないことがこのいじめという不幸な現実の主因であると思っています(※4)。
私が子供であった頃を考えますと、例えば勉強などでも出来ない所は教えてあげるというのが比較的為され、互いに助け合う風潮があったように思われます。今やそうしたものは全くなくなっているような感すらしています。
今の子供を巡る様々な問題の多くは、詰まるところ道徳教育の欠如という教育の問題に行き着くわけで、やはり人間学を全く教えようとしてこなかった戦後教育の欠陥が浮き彫りになっていると言っても過言ではないと思います。
戦後日本における道徳教育の欠如が招いた不幸についてはいじめの問題に限ったことではなく、例えば今非常に大きな問題になっている子供の虐待問題などもその最たるものと言えましょう。
凡そ3年前のブログ『児童虐待と戦後教育』でも下記のように指摘しましたが、今我々自身が戦後日本の教育を建て直していかなければ、我々の社会は益々悪くなって行くのではないかというふうに強く思う次第です。

【なぜこのように虐待される子供が増え、時として死に至るような状況になっているのかと考えますと、それは戦後の教育に問題があったのではないかと思っています。親と子のあり方、兄弟のあり方、あるいは友人のあり方と言うことについて、教育する必要性があると思います。例えば、親子について言えば、親の子に対する無償の愛や、あるいは子の親に対する孝など、戦前はそのような徳目がしっかりと教えられてきました。兄弟のあり方や友人のあり方についても同様に教えられてきました。それが今やそのようなことが古い儒教的な考え方として人々に全く受け入れられない状況になっています。今や誰も見向きもしないような状況であり、家庭でも学校でもそのようなことが教えられなくなりました。このようなことが年々虐待児が増えている原因ではないかと私は思っています。】

参考
※1:2012年7月15日FNN『滋賀・いじめ自殺 アンケートで「加害生徒が金銭要求」回答15件
※2:2012年7月16日J-CASTニュース『自殺生徒、「40万円」工面の壮絶 いじめアンケ「金銭要求」との関係
※3:2012年7月5日J-CAST テレビウォッチ『大津市の中2男子「自殺練習」―学校が生徒に口止め「外にしゃべるな」
※4:2008年3月27日北尾吉孝日記『戦後日本の道徳教育と家庭内教育




 

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