北尾吉孝日記

『経済というもの』

2012年8月29日 12:19
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先週火曜日にフェイスブックに投稿した『日銀のバランスシートと「資産買入等の基金」を考える』に対して、齊藤大輔様より下記質問を頂きましたので、本ブログにて私が思うところを簡潔に申し上げたいと思います。

『フジマキジャパンの藤巻健史氏の見方と北尾様の今回のご意見とは正反対と思うのですが、いかがでしょうか?藤巻氏の見方も一理あるかと思っていますし、実務を第一線でやってこられた方なので参考にもしております。ただ経済素人の私にはなかなか自分のなかで経済の見方を構築できておりません。私のような頭の悪い人間にも経済を見ていく上で羅針盤に代わるものを作るにはどの様にしたらいいのでしょうか?』

私に言わせれば、藤巻氏は藤巻氏でそういうふうに思われ、私は私で先週指摘したように考えているというものであって、何が正しいかというのは結果論でしかないのであろうと思います。
私が経済を見るにあたっては、常に学問的成果というものを踏まえて自分なりに消化をし、そしてそれに照らし合わせる中で、その実態を洞察しています(※1)。
唯、経済学者が100人いれば百人百様の考え方があり、皆夫々が尤もらしいこと述べるわけで、実際のところ何が真理なのかは誰にも分かりません。
経済学の理論というのも理論としてはありますが、今実際に動いている複雑系の現実を説明する理論というのは結局ないわけです(※2)。
従って、そうした意味での限界を露呈していますから、そもそも検証・実証可能な物理学等の自然科学と同じ意味で、経済学を「科学」とは言い得ないということは認識せねばなりません(※2/※3)。
経済というのはそういうものであり、何か一つの施策が上手く行ったからといって、それが正しいとも言い切れませんし、基本的には同時点で比較対象の全てを実施に移さない限り、その正しさを競うことは不可能であると私は考えています。
様々な事柄が絡み合った複雑系を見る目というのを藤巻氏もその実務経験の中で養ってこられたのであろうと思いますし、複雑系の現実においては自らが磨き上げた直観力によって何が正しいかを判断するということでしかありません。
藤巻氏が今どういう立場で何をされているのかはよく存じ上げませんが、齊藤様や私などは少なくとも評論家ではなく、多種多様な考え方をビジネスの現実世界に活かしているわけで、経済に対して様々な見方があるということ自体、意味あることであろうというふうに思います。

参考
※1:2007年4月19日北尾吉孝日記「基本の重要性
※2:2011年10月12日北尾吉孝日記『ノーベル経済学賞に対する私の考え方
※3:2009年4月18日アゴラ「大ざっぱに正しい経済学を – 池田信夫




 

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