北尾吉孝日記

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先週22日(水)よりモンゴルに出張してきましたが、私にとってモンゴルを訪れるのは初めてのことでした。
今回の主要な目的は2つあって、一つは大統領及び農業経済大臣にお会いし、当社として色々な提案を行うということ、そしてもう一つはモンゴルでの銀行参入について、その事業可能性を買収も含めて検討するということでした。
モンゴルの総人口は高々3,179,997人(2012年7月推定)ではありますが、その国土は日本の4倍以上もあり(モンゴル:1,564,116平方km、日本:377,915平方km)、そして殆ど山がないというもので、ある意味日本とは正反対の状況にあります。
今回モンゴルの首都ウランバートルに行き、その街並みを見ていた時、私は「ちょうど1950年代後半の日本かなぁ」というふうに感じました。
しかしながら、モンゴルは日本に無いものを持っており、その一つが膨大な未開の鉱物資源を中心とした天然資源、そしてもう一つは所謂「家畜(羊、牛、馬、山羊、駱駝)」といった大量の食料です。
後者について話を伺っていますと、モンゴルにいる6000万頭もの家畜は衛生管理上の問題で輸出出来ないということで、そうした状況も見ながらふと思ったことの一つが、日本の国土と同程度であるモンゴルの4分の1を日本が租借してはどうか、ということです。
例えば、日本が第二次世界大戦前に樹立した傀儡国家・満州帝国を見ても、終焉を迎えるまでの間に日本が資金や技術等をつぎ込んだことで、インフラ面でも相当な発展を遂げました。
あるいは、英国が香港を租借していた凡そ100年の間に、香港は見違えるような大都市となり、今日も世界的な金融のセンターとして非常に大きな存在感を示しています(※1)。
嘗ての兵力による満州帝国樹立などではなく、仮に日本が話し合いによって今モンゴルを租借するとなれば、例えば世界人口の爆発的増加と新興諸国の飛躍的成長によって食料枯渇が叫ばれる中、モンゴルの家畜に対して日本式の衛生管理を行き届かせ、輸出し得るような状況に持って行くということは十分に出来ると思います(※2)。
あるいは、道路等の様々なインフラを日本が作り上げ、鉱物資源を中心としたものに対するロジスティクスを作りあげたり鉱物の製錬や精錬をやるプラントやコンビナートの創生といった具合に大変革して行くことが出来るはずです。嘗ての満州帝国のみならず日韓併合後の韓国発展のために、日本がインフラ整備を徹底的に行ったという厳然たる歴史的事実がきちっとあるわけです。日本からの租借料は残りの4分の3の開発や国民の厚生向上の為に使用すればいいのです。
そしてまたモンゴルの地は中国と極めて近く、歴史的にも中蒙間の貿易関係は非常に強くモンゴルのモノは何でも買うといったスタンスで中国は臨んでいるわけですが、そこに日本が入り込むというふうになれば、日中関係というものもまた新たな形で再構築されてくるかもしれません。
日本の空港政策を典型例として2年前にも指摘しましたが、国土が狭く島国であることもあって日本人はどうもビッグピクチャーを描くのが苦手なようです。それでも明治から昭和に至るまでは、かなりのスケールで物を考えた人が多くいたのです。でも最近はより大きなスケールで物事を考えることが出来なくなっているのではないかと、私は憂いを感じざるを得ません(※3)。
指導者たらんとする者は、この狭苦しい日本でちまちましたことばかりを考え続けるというのではなく、相手国とWin-Winを築き得る形で平和裏に大陸へ進出するというようなスケールで物事を大きく構想出来ねばなりません。
明治維新以後、日本人というのはあれだけの大陸進出を果たし、その後も日韓併合・満州帝国樹立といった形で世界に対してある意味大きな決断をし続け、兎に角どんどんと新天地を求めてきたわけです。
今、日本の将来を考える時、正にそうしたことを真剣に考えるべきタイミングではないかと思われ、そういう中で大きな成果が得られるのではないかと私は考えています。
閉塞感漂うこの狭い日本から飛び出し、平和裏に日本の持てる力を全て使って、モンゴルの租借地の大開発を行いモンゴルの経済発展に寄与するということが出来たならば、日蒙両国にとってどれ程素晴らしいことかと、今回モンゴルの地で強く感じた次第です。

参考
※1:2012年7月4日北尾吉孝日記『香港金融市場と中国人民元
※2:2012年5月31日北尾吉孝日記『ギリシャ国民に近づく悲劇
※3:2010年10月26日北尾吉孝日記『日本の空港政策のあり方




 

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