北尾吉孝日記

『人に対する姿勢』

2013年2月25日 16:08
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アイルランド出身の作家、オスカー・ワイルドは「つねに敵を許せ。それ以上に奴らを嫌がらせることはない」という言葉を残したとされていますが、こうした言葉には基本的に「右の頬を打たれたら、左の頬を差し出せ」と諭すキリスト教的な側面が大変色濃く表れているように思います(※1/※2)。
こういう問題に対し儒教では如何に答えているのかと言えば、孔子は『論語』の「憲問第十四の三十六」で「直(なお)きを以て怨みに報い、徳を以て徳に報ゆ(公正公平をもって怨みに報い、恩徳によって恩徳に報いるべきです)」というふうに述べています(※3)。
また徳性高き蒋介石は「恨みに報いるに徳をもってす」とし、戦後日本が安全に引き上げる上で非常に大きな働きをしてくれたことは、拙著『人物をつくる―真の経営者に求められるもの』(PHP研究所)でも次のように述べた通りです。

【『老子』に「恨みに報いるに徳をもってす」という言葉があります。
 かつて日中戦争で、日本が中国と戦ったとき、日本が敗戦したわけですけれども、そのとき、いままで形勢が不利にあり虐げられていた中国軍が、日本軍に対して略奪や暴行を加え出しました。そのような状況下で、蒋介石の右腕と言われた何応欽という中国軍の総司令官は、全軍に「恨みに報いるに徳をもってす」と発令したと言います。
 そして、その結果、略奪や暴行が収まったという過去があります。
 日本もこのことを恩義に感じ、歴史を知る人は、蒋介石の台湾政府に対して、その経済発展に対しても惜しみなく援助をしたわけです。】

私などは62歳にもなって未だ血気盛んなのかもしれませんが、どちらかと言えば孔子の世界の方に今の所好感を得るような心境です(※3)。
また似たような言葉で、ウィリアム・シェイクスピアの「人の言葉は善意にとれ、そのほうが5倍も賢い」という言葉があります(※4)。
相手の言葉を良いように解釈すれば、怒ることもなければ騒ぐこともなく精神安定上も良いかもしれませんが、その一方で相手の言葉を善意にとって人を見損なったり人の本質を見誤ったりし、大変な悪人を許して大損をかけられたりするというのもまた馬鹿げたことではないかと思います。
従って、気分的に一時的に楽になるという意味で、相手の言葉を善意に解釈するのは礼儀等の観点からもそれはそれで良いこととも言えますが、その人物の様々なことを分かった上で付き合わなければなりません。論語に「巧言令色鮮し仁」とありますが、このような仁の徳に欠けるような人とは付き合わないという姿勢も大事なことかもしれません。
また、誰が物申すかということで言ってみれば、まともな人の発言はシリアスに捉えて直すべきは直し、その諌言は真面目かつ素直に聞くという姿勢が大事であろうと思いますが、他方それ程の人物ではない人の言葉は、ある意味その全てを善意にとり自分自身にとって精神安定上良いようにしておき、本気で相手にしないということが最善の策ではないでしょうか。

参考
※1:2013年2月20日Wikiquote「オスカー・ワイルド
※2:Google ブックス「文化の航跡:創造と伝播
※3:2012年5月28日北尾吉孝日記『孔子と老子
※4:2013年1月4日Wikiquote「ウィリアム・シェイクスピア




 

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