北尾吉孝日記

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昨今、「ローソン」や「ピザハット」或いは「ほっともっと」等々で、従業員が「アイスの冷蔵ケース内で寝転ぶ写真」や「ピザ生地をマスクのように顔にかぶった写真」をTwitter・Facebookに投稿する、といった信じ難い営業妨害活動が続出しています(※1)。
彼らが何故こうした行為に走るのかについて、ある人は「ネット上で注目を集めたいがために、もっと過激なものを、もっと面白いものを、とエスカレートしてしまった」と言い、またある人は「相手に不快感やマイナスの感情を与えることで自分の優位性を実感する心理。負の感情がどんどん連鎖していくことに快感を覚える」と分析し、そしてまた「騒ぎを起こした悪ふざけ店員たちは、笑いを取ることを狙ったのでしょう」と言っている人もいるようです(※2/※3)。
こうした奇行をやる人の心理状態が小生には全く分からず、今正にこういった人達のことを観察し始めた状況ですが、何れにせよ彼らは自分が働いている店舗やその同僚に対して平気で迷惑を掛けるということに、罪悪感や抵抗感といったものがない人達なのだろうと思います。
そしてまた、こうした行為を助長させているのがスマホ等のスマートデバイスの浸透であって、簡単に写真が撮れ色々なネットワークを通じて簡単に流せるという状況が出来たが故、昨今報じられるような奇行が続出し一部で話題になっているのだと思います。
但し、上記に限らずネット上での同じ類の奇行において、その人自身が自らの顔をちゃんと見せ本当に名乗った上で目立とうとしているのかと言えば、どちらかと言うと顔を隠したりしている方が未だ多いという印象を私は持っています。
之は何らかの後ろめたさがありながら、世の中に何かの発信をし自分の存在を示したいということなのかもしれませんが、何故に彼らは「自分の存在をそういうくだらないことで示そうとするのか」「それ以外に自分の存在を明らかにする方法は思いつかないのか」と残念に思うのです。
世の中に迷惑を掛けるということでのみしか、自分の存在を明らかに出来ないということであれば、此の人達は御気の毒としか言いようがない状況だと思うと共に、非常に寂しい気持ちにもなります。
現代において物質文明がある意味その極限まで行き、豊かな時代をエンジョイしてきた若者達、親の脛を齧ることに慣れてきた若者達は、己の力で生きて行くとか自分自身で何かを生み出すといったことが、極めて不得手なのだろうという気がします。
自立心や主体性が養われた人というのは、自らの生きる道を見出し先述した奇行の類によるのではなく、ある分野の専門家や熟達者として或いは何らかの分野の成功者として、その道の中で情報発信できるようにもなるわけです(※4)。
従って、そういうことも出来ずに様々な事柄を他に依存し、主体性を持った形で自己を確立できなかった人達が自分自身の存在感を高めるには、世に迷惑を掛けるということが唯一の方法なのかもしれません(※4)。
何れにしても、小生には全く理解できない奇行としか言いようのないことだというふうに思います。

参考
※1:2013年8月19日ITmedia ニュース『宅配ピザ店員が“顔面ピザ”写真 「ピザハット」が謝罪
※2:2013年8月20日ZAKZAK『バイト店員の投稿続発 悪ふざけするバカの心理は「不幸の手紙」と同じ構造
※3:2013年8月8日Yahoo!ニュース「悪ふざけバイト店員はなぜ続出するのか?:若者の心理とネットコミュニケーションの罠
※4:2013年3月26日北尾吉孝日記『自立する心




 

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