北尾吉孝日記

『中東問題と政教分離』

2013年8月29日 15:04
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昨今連日のようにシリア情勢の緊迫化が報じられていますが、此の地域における内乱あるいは戦争というのは、第一次中東戦争以来終わることなくずっと続いています。
何故そういう事態に陥っているのかと考えてみるに、そもそもイスラミックの中には「コーランか然らずんば剣か」というようなムハンマド以来の世界があって、ある意味宗教と武力と政治とが全て一体化している状況があります(※1)。
信教の自由が保障されるべきは言うまでもありませんが、やはり本来的に政教分離というのは為されるべきであり、宗教的価値観と政治・武力といったものが一体化している中では、此の地域に平和が訪れることはないでしょう。
当然ながら幸福は主体的なもので一概には言えませんが、私は中東諸国に行く度に「ブルカ(全身を覆うベール)やニカブ(目以外の髪と顔を覆うベール)」を着用している女性の姿を見るにつけ、傍目には「此の暑い所であんな物まで被らねばならないとは気の毒だなぁ」というふうに何時も思っています(※2)。
そしてまた、ある人は戒律の厳しい母国サウジアラビアで酒を飲まないけれども、例えばバーレーンに来ては飲酒しているといったように、外国で酒を飲んでいる人は一体何なのかというふうにも思わざるを得ないわけで、戒律に従って自制をするということは、必ずしも為されていないのではないかという気もしています。
他方、今日的状況を見ていますと、今度は同じイスラミックの中でスンニ派やシーア派等の宗派に分岐し、そこでまた対立を繰り返しているということで、我々日本人からすれば「何と不幸な星の下に生まれた人達か・・・」というふうにも思います。
こうした内乱が多発するのは、例えば今「イラクではシーア派主導のマリキ政権に反発するスンニ派武装勢力が、シーア派住民や治安部隊を相次いで攻撃。特に今年4月以降、被害が拡大し、内戦状態に陥った2006~07年のような宗派抗争の激化が懸念されて」います。現政権に対する非主流派の宗派の人々が、少なくとも抑圧されていると考える世界というものがあるからこのようなことになるのでしょう(※3)。
そういう中で常に此の地域においては、宗教的なもの一切を権力者が武力によって押え付ける時に始めて平和が訪れるという状況になっており、それなくして国が分裂するまでは平和が起こらないのですから、全く以て不幸としか言いようがありません。
従って、現在の困難を乗り越え解決の方向に導くに当たっては、宗教者と言われる人が此の複雑な問題に対してメスを入れて行くということがなければ、結局全体は変わらないのではないかというふうに私は考えています。

参考
※1:2013年1月23日北尾吉孝日記『「アルジェリア人質事件」に思う
※2:2013年8月21日International Business Times「スイス・ティチーノ州、ブルカ禁止をめぐり投票
※3:2013年8月28日MSN産経ニュース「シーア派狙う爆弾テロ多発、65人死亡 バグダッド




 

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