北尾吉孝日記

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先達て大連で開かれた「サマーダボス」に参加してきましたが、私がどうしても参加したかったミーティングというのは、200数十名程度の厳選された人達に対してプライベートトークとして李克強首相が質問に答えるという形でのセッションでありました。
過去のサマーダボスでも当時の温家宝首相の言葉を聞いてきたことは、『米欧中現在の情勢』(2011年10月5日)や『中国出張について~大連、北京、天津~』(2012年9月18日)等で御紹介した通りですが、その都度中国の首脳部が「どのように国政を考えているのか」「当面の政略は如何なものか」ということを判断する貴重なガイドになっていました。
今回の滞在中、たまたま朱鎔基元首相と外国人ジャーナリストによる対談本『Zhu Rongji on the Record: The Road to Reform: 1991-1997』が手に入り、空いている時間でそれを読んでいたのですが、先ず以て此の事自体が異例中の異例です。
即ち、現存している中国の元首相自らが外国人ジャーナリストに対して真実を語るということはありえないという意味ですが、私の疑問は何故このタイミングで習近平・李克強体制はそれを許したのか、あるいは寧ろそれを歓迎してそうさせたのかということでした。
私自身その疑問は直ぐに解け、習近平・李克強体制の中で、鄧小平以来の改革開放路線を徹底強化して行くということ、そしてまた腐敗を一掃するということ、此の2点に対する強い意志の表れではないかというふうに感じました。
前者については様々な所で言及されており内容は概略その通りなのですが、問題はその内容をどの程度本気で強く進めて行くのかという部分であって、今回ミーティングに参加して新聞や雑誌等の情報ではなく直接自分の耳で私なりにその感覚を掴んだ結果として、習近平・李克強体制に一種の安堵感を覚えた次第です。
日本で「アベノミクス」に対する形で述べられている李首相の経済政策「リコノミクス」に関しては、先月26日の日経新聞記事「李首相の改革、多くの困難(経済教室)」でもそのポイントが詳述されていますが、先ず第一点は「人を核心としたニュータイプの都市化の推進」ということです。
つまり上記記事にあるように『現在、中国の都市化率(全人口に占める都市人口の割合)は52・6%であるが、これは「偽りの都市化」と評されている。都市に約2.6億人いる出稼ぎ農民は、社会保障・住宅・子弟の教育といった基本公共サービスの面で都市戸籍住民と著しく差別されている。都市の基本公共サービスを受けられる人口の割合が真の都市化率であるとすれば、それは35%程度でしかない』わけですが、此の戸籍主義に対する改革を如何に進めて行くかという難題に中国は直面しています。
何所かに引っ越しをするという場合、日本のように戸籍は昔のままに住民票を移すことで、選挙権等々の市民としての通常の権限が全て付与されるという形でなく、中国では各市が一国のようなもので、言ってみれば戸籍は生まれた所に存在しています。
要するに、中国という国では個々人は戸籍を有する国の生まれであり、他所に移ったら一切の市民権がその地では付与されない別国のような認識であって、例えば市民権のない人は結婚も出来なければマンションも買えないといった状況も現実にあり、その地から日本に行こうと思う時は、先ず以て生まれ故郷に帰ってビザの申請をするというところから始まります。
そしてまた、例えば北京市在住の大変優秀な子供を北京大学に入学させようと思っても、北京大学は北京市に戸籍を有する人を優先させますから、北京市に戸籍がない人は試験の成績が北京市民の学生より良くても入れないケースが結構あって、そういう意味で機会均等ということが基本的に十分にありません。
今回のミーティングの中でも、2.5億人とか2.6億人と言われる市民権を得ていない出稼ぎ農民達及びその子供達に対して、様々な機会を都市戸籍住民と平等に与えねばならないということを李首相は熱っぽく語っていましたが、戸籍制度に深く根差す此の問題は中国にとって根本的なものであり、何処かの時点で変えて行かねば非常に大きな不満が鬱積して行くことになるでしょう。
他方、仮に戸籍制度が改革されたとして北京や上海に住民票を移したら十分な市民権を得られるとなった場合、余りにも巨大な人口移動が一度に起こって交通渋滞は勿論のこと、水や食料、学校や病院等々が全て不足して都市機能自体がパンクする恐れがあるというふうに信じられてもいます。
そうした事態を防ぐべく、藩から藩へは移れなかった日本で言う江戸時代と同じ類の仕組みとして戸籍制度が中国で現存しているわけですが、確かに日本においても嘗て地方から東京への大量移住が起こりましたが、東京は所謂「ベッドタウン」をどんどん作りながら、それを吸収して行こうとしてきました。
従ってそういう意味では、上記「人を核心としたニュータイプの都市化の推進」というのは此の戸籍制度の改革推進と併せて、そういったベットタウンを作って行くということ、あるいは大都市だけに集中している産業や人口を分散化して行こうという一つの知恵なのだろうと私は解釈しています。
次に第二点は、凡そ2年半前にも当ブログにおいてドイツの財政学者アドルフ・ワグナーによる「国家経費膨張の原則」にも言及する形で日本の官僚組織の肥大化を批評しましたが、今中国では共産党が世界最大の官僚組織と言われており「政府の簡素化・規制緩和の推進・民間活力の活用」は早急に成し遂げられねばなりません(※1/※2)。
ただ、先月15日のブログ『日中関係の再構築に向けて』でも述べたように、長老は長老で退任後も人事に関する投票権・指名権に対する一票を死ぬまで有し、死ぬまでその地位に応じて高級邸宅を国から供与され、死ぬまで報酬、車、秘書も付いて生活は保障されますし、下は下で皆夫々の地位を退いた後もその地位での扱いが継承されて行き、それなりの賞遇を受けて行くといった今の中国では、益々「政府の簡素化」は実現困難と言えましょう。
また「規制緩和の推進」ということでは、今回のサマーダボスでも私は幾つかの企業集団のトップとも御会いし中国でのジョイントベンチャーの話を進展させたわけですが、彼らは挙って金融分野におけるビッグバンを大いに期待しているということで、前々から御付き合いのある所とも嘗てない程にスムーズで具体的な話し合いが出来ました。
そして此の規制緩和のみならず、「民間活力の活用」という中で金融分野と共にエネルギー・鉄道分野への民間資本の参入といった部分が掲げているということが、「リコノミクス」の大変重要なポイントになっていると私は理解しています(※2)。
それから最後にもう一つ、11年1月のブログ『香港証券取引所の未来』等でも指摘してきたように、中国における現行の様々な規制・統制、つまり短期資本移動を規制していること、金利が自由化されていないこと、為替をコントロールしていること等々、経済大国として相応しい資本主義体制の先進諸国全てが有する部分について如何に改革して行くかというのが、中国にとって一つの大きな課題であります。
今、金利の自由化面で段階的に進めて行こうという努力が為されていて、例えば資金需要が割合ある6月に政府は短期金利が暴騰するのを容認し放置していたというわけで、之は所謂「シャドーバンキング(影の銀行:融資規制のある銀行を介さない金融取引全般)」を解決しようという強い姿勢の表れと言えましょう(※3/※4)。
此の「第2のリーマンショック」などと称され騒がれているシャドーバンキングについては、先週も『リーマンショックから5年を経て』の中で触れましたが、政府として余り劇薬を投下せずに金融分野での規制緩和を進めて行くという方向を上記一件で示したものと私は捉えています。
以上、長々と述べてきましたがこういった様々な事柄を李首相の演説から感じ取り、そしてまた、天津市の副市長や国営・民営銀行のトップ或いは企業集団のトップと話す中で感じ取ることができたという意味では、今回サマーダボスのプログラムの中身自体に余り関心がない中ではありましたが、それを除けば非常に実り多きものであったというふうに思っています。

参考
※1:2011年3月25日北尾吉孝日記『中国古典から見る政治の三要素
※2:2013年8月26日日本経済新聞「李首相の改革、多くの困難(経済教室)」
※3:2013年7月16日週刊エコノミスト「特集:マネー大逆流 出口と中国 ◇緩和依存の世界が終わる 出口におびえる金融市場
※4:2013年7月5日日本経済新聞「影の銀行、中国揺るがす 融資規制を背景に膨張




 

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