北尾吉孝日記

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先月26日のマイナビニュース記事「人生の終わりのための活動“終活”、何歳から始めるべき?」にもあるように、『健康食品、化粧品の製造・販売等を行うSBIアラプロモはこのほど、「シニアの意識調査に関するアンケート」の調査結果を発表』しました。
終活とは「人生の終焉をより良く迎えるための準備」のことですが、09年頃に生まれた終活という言葉は団塊世代の高齢化といった背景もあり、最近でも話題になることが結構あります(※1)。
上記アンケートにおいて『「終活は必要だと思うか」と聞いたところ、「必要」が52.5%、「不必要」が23.1%だった』ということで、60代以上の方の半分以上が終活は必要だと思っているようです(※2)。
勿論、終活という言葉自体を知らないというのが24.4%でありましたから、その結果を見る限り未だ人口に膾炙している言葉ではないということなのだろうとは思います(※1)。

宋の朱新仲という人が「人生の五計」ということを唱え実践したわけですが、その一つは「生計」で之はどのようにして健康に生きて行くかということです(※3)。
次に社会での処世術である「身計」、それから結婚して子供を持ち家庭を築く「家計」、そしてどのようにして年を取って行くかという「老計」があり、最後は如何に死すべきかという「死計」です(※3)。
『書経』の中にも「有備無患(備え有れば患い無し)」とあるように、やはり備えあれば憂えなしで昔から此の五計を考えるべきだとされてきており、私もその方が基本的には良いと思っています(※4)。
「老計」ということについて安岡正篤先生は、『噛みしめて味わいが出る。物事にあまり刺激的にならないということ。これが老境の特徴であります。年をとるということは、あらゆる意味において、若い時には分からない、味わえなかったような佳境に入っていく・・・・・・これが本当の「老計」というものであります』と『人生の五計 困難な時代を生き抜く「しるべ」』(PHP研究所)の中で述べておられます。
また同書の中で『ともかく、「死計」とは即「生計」なんです。ただ、初めの「生計」はもっぱら生理的な生計であって、一方、「老計」を通ってきた「死計」というものは、もっと精神的な、もっと霊的な生き方であります。つまり不朽不滅(ふきゅうふめつ)に生きる、永遠に生きる計りごとであり、いわゆる生とか死とかいうものを超越した死に方、生き方、これが本当の「死計」であります』とも言われています。
いよいよ私自身62歳になって、如何に老いて行くかという「老計」、如何に死して行くかという「死計」の二つを専ら考えるようになっています。

参考
※1:2013年9月19日SBIホールディングス株式会社 PR情報「~60歳以上の約76%が「終活」を認知~シニア意識調査に関して
※2:2013年9月26日マイナビニュース「人生の終わりのための活動“終活”、何歳から始めるべき?
※3:2003年4月『人物をつくる―真の経営者に求められるもの』(PHP研究所)
※4:2013年7月26日北尾吉孝日記『不確実な世界と共に生きる生き方




 

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