北尾吉孝日記

『「嘘も方便」か』

2014年3月26日 15:58
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嘘も方便」ということ、即ち「嘘は罪悪ではあるが、よい結果を得る手段として時には必要であるということ」がケースバイケースで言われたりもします。
その嘘を何度も使うことで人から二度と相手にされなくなることもあるでしょうし、逆に時として嘘を方便として使った方が良い状況もあるのかもしれませんが、単純に一言で嘘と言ってみても非常に難しいものだと思います。
例えば今月12日、私は「今日の安岡正篤(80)」として、『「兵は詭道(いつわる)なり」。つまり戦争・戦略というものはいかに相手をいつわるか、ということが根本であるというのであります。どうすれば相手をだまし、錯覚におとしいれて、自分の方に都合のよいようにするか』、「その方法としてある時は分裂闘争、ある時は友好親善と自由自在に変化する。こういうダイナミックな戦争哲学が『孫子』に書いてあるわけであります」とツイートしました。
冒頭の「嘘も方便」という言葉を挙げるまでもなく、例えば『孫子』を見ていても「兵は詐を以て立ち、利を以て動き、分合を以て変を為す者なり」とあるように、その全ては戦において嘘を作り出し敵を騙して行く色々な「詐(さ)」という行為に関するものです。
あるいは『韓非子』を読んでみても、人を見抜くべく人の様々な反応を見て行くために、その全てを嘘で固めて行いを為すといった類が沢山書いてあるわけですが、その一方でまた、「巧詐は拙誠に如かず」というふうに、上手く巧みな言葉は結局のところ誠実さに及ばないとも韓非子は言っています。
戦というのはある意味嘘が正当化できる場所なのかもしれませんが、それとは対照的に「策士策に溺れる」ということもありますから、仮に嘘をつく場合であってもそのシチュエーション毎に如何なるタイミングでの何度目の嘘なのか、といった部分等も含め嘘というものの評価が為されるのではないでしょうか。
大統領や政治家は嘘をついても良いといった主張をする人もいますし、あるいは「中央銀行総裁は、為替レートに関する嘘をついても許されるという俗説がある」とも言われますが、大統領であろうが政治家であろうが中銀総裁であろうが、何度も嘘をついている人は遅かれ早かれ誰にも信用されなくなるでしょう。
とは言うものの、逆にまた、「三人言いて虎を成す」や「市(いち)に虎あり」といった故事成語が言われるように、「町に虎が出ないのは、わかりきったこと」でありながら「三人が同じことを言ったら」嘘であっても本当になるということもあるわけで、嘘というのは一概に評し得ない難解極まりないものだと私は思っています。




 

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