北尾吉孝日記

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YouTubeでも「本田宗一郎さんがSONYで1度だけ行った講演」が閲覧できますが、此の人材活用を将棋に例えたスピーチを見ての私の感想は、一言で言うと「宗一郎さんらしいなぁ~」というものです。
国家や企業の発展を考える場合、トップというのが如何なる賢才を集め、彼らを信用(信じて任せて用いること)して適材適所に配置し、そしてその世界のプロとしてどんどん活躍して貰うということが出来ねば、国や会社というものは決して大きくも強くもなりません。
結局のところ此の本田さんの考え方というのは、見事に人を適材適所で用いながら、皆が自由な発想の中で競い合い夫々が有する能力を最大限引き出す中で、より良いアウトプットが様々創造されるようしてきた人のものでしょう。
5年前の12月、私は『逆境を生き抜く 名経営者、先哲の箴言』(朝日新書)という先哲達の箴言集のようなものを出版し、そこで何人かの創業経営者の言を御紹介したわけですが、その一人として本田宗一郎さんを取り上げました。
上記拙著の中では、『人生は見たり、聞いたり、試したりの三つの知恵でまとまっているが、その中で一番大切なのは試したりであると僕は思う。世の中の技術屋は見たり、聞いたりが多くて、試したりがほとんどない。僕は見たり、聞いたりするが、それ以上に試すことをやっている。その代り失敗も多い。ありふれたことだけれど、失敗と成功はうらはらになっている。みんな失敗をいとうものだから、成功のチャンスも少い』という本田さんの言葉を載せました。
実際本田さん御自身が生粋のエンジニアであり、その仕事が好きで好きで仕方がないぐらい好きでしたから、自らがその「試したり」を実践し「試す」風土をHondaという会社に植えつけてきた人です。人の使い方ということでも取り分け技術者の中では、自分と同等のチャンスを皆に与え様々なアイデアやチャレンジを募りながら、技術屋たる本田宗一郎流にそれを彼らにどんどん試させ、技術革新というものを起こしてきたのだろうと思います。
他方で、今日のHondaを本田さんと共に築き上げたのが副社長を務められた藤沢武夫さんという人ですが、その藤沢さんは数字面で会社の経営実態をきちっと見るとか、如何にマーケティングをして行くかとか、あるいは今で言うコンプライアンス等の諸々の事柄を全て引き受けて、経営面から本田さんを支えました。
此の藤沢さんのような大番頭に色々任せながら、本田さんのように自分は唯々良いものを創ろうと技術開発に専念し、見たり聞いたり試したりしながら独自の技術を切り開いて行った、という意味では当時の本田・藤沢のHondaのみならず、井深大・盛田昭夫両氏が導いていた嘗てのSonyも当て嵌まるのだと思います。
Hondaで言えば、公害に時代が揺れる中、72年に発売し大ヒットとなった低公害エンジン(CVCC)搭載の「シビック」はその最たるものと言えるでしょうし、Sonyに関しては79年発売の「ウォークマン」が殆ど最後になった感もありますが、「ベータマックス」等々それ以前に創出した当時としては画期的な新技術・新製品の数々も正にその好例でありましょう。
そしてまた、例えばソニー教育財団HPを見ても「No.7 右脳の可能性を信じる」や「No.8 体育と右脳」という見出しで「井深大からのメッセージ」が載っていますが、井深さんに至っては此の子どもの右脳・左脳やオーリングといった、生前の御自身の研究を林原グループ元代表・林原健さんに託した人です。
その理由を考えてみるに、やはり井深さんとしても研究が好きで好きで仕方がないぐらい好きな林原さんのような人に継ぎたかったのだろうと思われ、本田さんにしろ井深さんにしろ社内という場においても、研究開発・技術開発に対して真摯な姿勢を貫く発想力に優れた人を育て上げ、その能力を最大限引き出すということに一生懸命だった人ではないかという気が私はしています。




 

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