北尾吉孝日記

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先月22日発売の『経済界』記事に、「ビジネス脳の作り方 低い声が説得力と自信をもたらす!」というのがあり、筆者曰く「声の使い分けは、ビジネスの現場でも力を発揮」するとしていますが、私には此の意味が全く以てよく分からず、殆どと言って良い程関係ないと思っています。
以下、織田信長を例に簡潔に申し上げますと、例えばポルトガル人宣教師ルイス・フロイスが著した『日本史』には、信長の容姿に関して「中くらいの背丈で華奢な体躯であり、髯は少なくはなはだ声は快調」と記されています。
此のフロイスの言う「はなはだ声は快調」とは「声は甚だ高く」ということで、それは「フロイスが一五六九(永禄十二年)六月一日付けで同僚に出した書簡」の該当箇所を見れば明らかだとされています。
更には、「弘治(こうじ)二年(一五五六)の稲生(いのう)の戦いでも信長は、敵方の主将・柴田勝家、林秀貞(ひでさだ)らを大声で叱責して竦(すく)ませて」いたといったもあるように、信長は単に高声というのでなく甲高い声の持ち主だったと言われています。
こうした信長の声に纏わるエピソードは他にも沢山あって、それはやはり甲高い声だったというものでありますが、だからと言ってその声が理由で明智光秀に裏切られ、京都本能寺(1582年)にて急襲され自害に追い込まれたということでもありません。
即ち、信長の甲高い声と史実との間には明白な因果関係などというものは認められず、声の高低が歴史を動かしたということはないと思います。
上記した記事の筆者は、「大切なのは声の高さを自分で意識すること。そうすれば、TPOに合わせた使い分けができるようになります」等と言っていますが、声の質というのは先天的なものであって、こうした誤解を生じさせるような言い方で人間の質を規定するのは、止めた方が良いのではと思う次第です。




 

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