北尾吉孝日記

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『罪と罰』や『カラマーゾフの兄弟』で有名なロシアの小説家、フョードル・ドストエフスキー(1821年-1881年)は、「人間とは、どんなことにも、すぐ慣れる動物である。私には、これこそ、人間の最上の定義であると思える」と言っています。
此の慣れるということには良い面も悪い面もありますが、「ノムさん」こと野村克也さんは「慣れに埋没する恐ろしさは、経験したものでないと分からない」と、後者に関して述べられています。
またネットで検索してみますと、例えば「悪い慣れは、傲慢、自惚れ、怠慢を引き寄せてしまい、人生ではどれだけ足を引っ張ることか。悪い慣れで感動や感謝を忘れることは人生において大きな損失になるでしょう」と言う人もいるようです。
此の慣れとはマイナス面ばかりではありませんが、様々な事柄で悪い方向に行きがちな状況が作られることが多いのだろうと思います。
慣れることで、手抜きになったり注意散漫になったりすると、「猿も木から落ちる」とか「弘法も筆の誤り」ということになります。
あるいは慣れは、人に改良改善に向かわせなくなったり、創造意欲を失わせたりしますから、古来より先達たちは「初心忘るべからず」とずっと注意してきたのです。
また「親しき仲にも礼儀あり」という言葉がありますが、人にも直ぐに慣れそこに礼儀がなくなってしまうというようなことになったりもするわけです。
こうした慣れの悪い部分に対する指摘は全くその通りだと思いますが、それと同時に物事を長く続けて行く中で慣れが生じてくるのは当たり前で、慣れて効率が高まるといった慣れの良き部分を否定するわけにも行きません。
では如何にすべきかということですが、例えば銀行などでは何年か毎に定期的な転勤ということがあります。之は御客様に慣れた結果として癒着関係が出来る等々、一種の慣れに対する一つの知恵とも言えましょう。
このようにあらゆる面で色々な知恵を働かせ、企業であれば適度に人事異動を行うというのも一つ正しい選択だと思います。此の慣れというものが生み出す弊害を避けるべく、人間は昔から知恵を絞ってきたのです。




 

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