北尾吉孝日記

『田中角栄再考』

2016年8月31日 15:55
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先月中旬、毎日新聞に掲載されたインタビュー記事「田中角栄にあって現代のリーダーにないもの 元首相秘書官が語る」は、次の一文で始められています――戦後70年の節目として、2015年にNHKが「戦後を象徴する人物」に関してアンケート調査を行ったところ、全体の25%を占め断トツの1位だったのが田中角栄元首相だった。
此の元首相秘書官は「田中氏が優れたリーダーであった理由を三つに限定するとすれば」、第一に「国土維新の志」、第二に「チームワークや人間関係を大事にすること」、第三に「徹底的な敵を作らないこと」を挙げておられます。
今から44年程前、田中角栄という政治家は『日本列島改造論』をぶち上げて日本全体に明るさを齎し、大ブームを巻き起こして行きました。その発想力・構想力・着眼点は非常に素晴らしく、角栄さんがビジネスをやられたら、きっと大成功するだろうと思います。
春秋時代の鄭(てい)の名宰相・子産(しさん)のに、「政治というものは多少理に反するところがあっても、まず民を悦ばせてやらなければなりません。そうでないと民は信じません。信じないと従いません。とにかく民を従わすためには、ちょっと機嫌をとってやることが必要である」というのがあります。
角栄さんは今太閤と呼ばれてもいましたが、彼は豊臣秀吉とある面似た部分があって人情の機微を十二分に理解された方でした。近代日本における政治家を考えるに、ある意味最も上手く民を悦ばせ、信じさせて圧倒的人気を持った政治家は田中角栄という人であったのではないでしょうか。
水呑百姓として生まれ足軽から頂上を極めた秀吉に対し、小学校を出ただけの叩き上げで宰相にまで上り詰めた角栄さんということで、当然そうした人情の機微を知り尽くしていたのだろうと思います。
また、角栄さんは「金権政治の権化」の如く言われていますが、例えば頼まれた講演会に行って講演料など受け取らずその上に幾らか乗っけて渡してやる位の人ですから、金銭的にも前都知事の舛添要一さんのようなセコイ人物とは正反対だったと思います。
日本では珍しいスケールの大きな政治家であった角栄さんは、重厚感や胆識といったものを感じさせ、中長期的な国家ビジョンを構想し得る日本に稀有の政治家でありました。その功の最たるものは総理就任の後直ぐに、米国に6年半も先んじて中国との国交正常化を実現したことだと思います。
角栄さんは日本の長期ビジョンに立ち日本のために何を為すべきかと考えて、日本独自でのエネルギー確保をある意味初めて戦略的に思考し石油エネルギーという米国の巨大な既得権益に敵対的にチャレンジした結果、米国の逆鱗に触れ「ロッキード事件」で葬り去られたのは御存知の通りです。
彼は卓越した構想力で一つの大きなシナリオを描き、稀に見る実行力でそれを具現化して行きました。大きな目で世界そして日本の将来を見ていた、正に「コンピュータ付きブルドーザー」であったと思います。そういう意味では戦後最高の政治家と言い得る人物が、あのような形で表舞台から抹殺されたのは、日本にとって本当に残念なことだったという気が改めてしています。




 

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